第2章 5月
2日目の夜。私は桜に旅館の隣にある、桜の家に呼ばれていた。
和風な広い庭の真ん中に植えられた桜はすでに葉桜になっている。
その葉桜の下に立つ桜は、切ない目をしていた。
ふぅ、と一息吐いて近づく。
「桜…?」
「初めて失恋したときに、ここで千夏が慰めてくれた。たまたまこっちに遊びに来てた日だったんだよね。」
「そうだね。」
急に始まった昔話に首をかしげる。
「三ツ谷くんに出会ったのもね、たまたまだったよ。たまたま、千夏の家に泊まりに行った日の帰りだった。」
「…うん。」
「千夏、わかりやすすぎだよ。…あーあ。千夏とライバルとか嫌なんだけどなぁ…。」
桜は膝を抱えて座り込んだ。
「桜、ごめんね…?黙ってて…悪かったと思ってるけど…」
「やっぱり。三ツ谷くんが好きだったんだね。ごめんね。カマかけちゃった。」
桜は顔だけこちらに向けて切ない表情をしているのに、舌を少し出して無理やり笑顔を作ろうとしていた。
「なんとなく、視線感じるなって思ってただけだったんだ。でも…、そっかぁ…。千夏に勝てるかなぁ。」
「さく…」
「ライバルだから。千夏のこと好きだけど、三ツ谷くんは譲らないからね。」
「ん。私も。」
また桜は顔を膝に埋めた。
少しの沈黙。
葉桜が風に揺られて微かに音を立てていた。
数分の沈黙が、私には何時間にも感じられた。
「ごめん。行こっか。」
立ち上がってぐっと伸びをした桜の瞳は、濡れているようだった。
私は、気づかないふりをして桜の後を追い部屋に戻った。