満月の夜に【鬼滅の刃 煉獄杏寿郎 宇髄天元 R18】
第29章 噛みつきたい!【不死川実弥】
卒業式。滞りなく式は終了し、涙も流す生徒もちらほら見受けられ、卒業生たちは互いに別れを惜しむ。
下校時間になっても数学準備室を訪れた生徒たちのお礼と別れの言葉に、教師として、巣立ち行く生徒たちに激励の言葉をかけてやる。
ひと段落した数学教師、不死川は暑苦しかった黒のネクタイをグイっと外し、シャツのボタンを緩めた。
時計は11時半を周っている。
1人のある生徒の来訪はまだかと、少し焦り出したところだった。
トントンとドアのノックの音がした。
「…どーぞォ」
「…失礼します、先生…、」
その声を聞いて、不死川は安堵と、嬉しさと、少しの緊張感を持ちながら、その女生徒の目を見つめた。
既に顔が赤く上気しており、おずおずとゆっくりこちらに入ってくる。目はしっかり不死川を見つめる大きな瞳は、何か覚悟のようなものを感じて不死川は身構えた。
ゆっくりゆっくり近づいてくる。
そして、手を伸ばせばすぐに触れそうな距離を詰められた。
彼女からこのように近い距離を今までとったことがあるだろうか。この3年間、彼女は教師との距離を適切に守ってきたように思う。
もちろん、この不死川も。
そして冒頭に戻る。
噛みたいーーー確かにこいつはそう言った。
聞き間違いではないようだ。
「…噛みたいっておま…先生に何言ってんだァ」
「…だ、だめですよね…」
覚悟の瞳はどこへやら、彼女は半ば諦めたように笑った。
瞳にはうるっと涙を溜めているのがわかり、不死川は激しく動揺した。女の涙には、弱かった。
「…ま、いいけどよォ、どこ噛みてぇんだ」
「ですよね、……っえ!!いいんですか?!」
驚いたように不死川を見上げる波奈。
その瞳は、期待でいっぱいになり、キラキラと輝いている。
「卒業祝いだァ…」
不死川は半ばやけくそで言った。
と、言うのも、沢田波奈から聞きたい言葉は、噛みたい、ではなく、もっと別のーーー、
まあそれはおいといて、噛みたいと言われたのは現世では初めてで、というかなぜ噛みたいのかは不可解ではあったが、不死川は考えるのを放棄した。