第47章 怒気
「そーだな、俺には関係ねぇ。だが俺はお前のあの海の瞳が気に入ってるからよ、忠告してやる、お前みてーな女がここで得られる幸せなんざ、何もねぇよ。だからさっさとこの船自分から降りろ。無理して笑って生きていくよりは幾分か幸せにもなれんじゃねぇのー?」
その言葉を最後に踵を返したドリーは、後ろ手にひらひらと手を振る。
メラメラと燃え上がる炎を背に、まな板に置いてあった包丁を持つユキがぽつりとこぼした。
「・・・・ここって、仲間殺しは・・・なんでしたっけ・・・?」
「?ばっかだなぁ、お前、そんなんしちまったら、オヤジに殺されるぞ?」
振り返ったドリーが呆れたような顔でユキをみる。
「・・・・ヘェ・・・そうなんだ・・・」
ギュッとその包丁を右るユキに、周りのコックたちがサッチさん呼んでこいと騒ぎ始める。
「ま、女のお前じゃこの船に乗ってるやつ殺そうにも、その殺人的な甘党でしか無理だろーな!」
バシバシと未だ燃え上がる炎が見えていないとばかりにその背を叩き、火に油をさすドリー。
「・・・・・・・じゃあ、試してみます?」
にっこりとその顔が狂気的な笑顔に変わったのを見て、周りはドン引きした。しかしその変化に気づかぬドリー。ユキの頭をクシャクシャと撫で、笑うその鈍感さに、プツリと堪忍袋の尾が切れたようにユキは握った包丁を振り上げた。
「・・・っユキちゃん、気持ちはわかるが落ち着け・・!!」
「っどいてくださいサッチさんすみませんもうだめですとりあえず刺してからその後のことを考えます」
「待て待て待て、てか笑顔でそんなこと言わないで超怖いから!?お願いちょっとだけ待て!せめて包丁は置いて!?」
悔しそうにその手から凶器を手放すユキに、ホッと息を吐いたサッチは掴んでいた手首を放す。
「っ・・・・・」
「そんな恨めしそうな目で見ないで・・・ほら、ユキちゃんに来訪だよ」
指差す方には、なんとも言えない様子でこちらの様子を見守る男たちの顔。その中の1人を見つけ、ユキはパッと先ほどまでの狂気めいた笑みを満面の笑顔へ変えた。