第2章 心をさらったあなたへ
目新しいことなど何もない平凡な毎日だったけれど、朝目覚め、家族と食事をして、働いて、夜には眠る…当たり前の、奇跡のような日々だった。
「ある日私が薬草摘みから戻ると、村が火に包まれていて…」
目を閉じると、今でもあの日が瞼の裏に焼き付いている
火が移り今にも崩れそうになっている家に駆け込むと、生まれたばかりだった弟を抱いて血の海に倒れ込む母は、両の足首のあたりから夥しい血を流していた
『逃げなさい、逃げなさい、お前だけでも…!」
『生きて、幸せになって。千聡」
燃え盛る家の中で母は、泣いて縋る私の手を何度も引き剥がし、そう言って笑った
「周りの火傷は、その時のものです」
それから何日経ったのだろう。
抜け殻のように町を彷徨う中で、人々の間から漏れ聞こえてきた
ーーー私たちの力を利用しようと偉い役人が訪ねてきて、それを断った父はその場で斬り捨てられた。
そして役人たちは、あろうことか村に火を放った。
「焼け跡から見つかった全員が、…腹を深く刺されたり、足、の、腱を…っ切られていたそうです…」
「…もういい」
「いやです」
その時に芽生えた感情は今も忘れない
静止する不死川さんを遮って私は話し続けた
私は既にボロボロになっていた衣の裾を割いて腕にきつく巻きつけ、鱗を隠した
それからは細々と薬草を売って暮らした。力は使わず、両親から教わった医学で時にお医者のようなこともした。
病や怪我に苦しむ人たちを助け、笑顔になっていくのを見て、少しずつ自分も前を向かねばと思えるようになった
しかしある日の治療中に包帯が解け、この腕のことが知られてしまった
治療の最中だったがその場を追い出され、患者は亡くなった
「今まで私に『ありがとう』と笑ってくれた人達がみんな、化け物を見るような目で私を見るようになった…っ…石を投げられ、近寄るなと…人殺し、と…っ私は、ただ助け、たかっ…っ…」
息が苦しくて吐きそう
視界が黄土色に染まって、端から暗くなっていく
ぐいっと胴に手が回り体が引き上げられた
強い力で肩を引き寄せられ、抱き込まれる
「もういい雪村喋んなァ」