第2章 心をさらったあなたへ
黙々と手拭いを滑らせる雪村。
あんなに良くも悪くも気を遣わねェ物言いをするくせに、
傷痕の上を拭くときは妙に慎重になりやがる。んなのもう痛くねぇっつの。
しばらく拭かれていると、急に腹の傷に妙な感覚があった
「何だこれ」
「医療用の油と薬を混ぜたものです。乾燥を防ぐ意味もあります」
「乾燥だァ?」
するすると、白い手が奇妙な感触を伸ばしていく
「治りが遅くなります。あと、この深さの傷ではあまり変わりないと思いますが痕が残りやすくなります」
「痕なんざ構わねェよ」
「……なぜ、」
ゆっくりと雪村の手が止まった
身体中に残る傷のことを言っているらしい
「俺の血はちと特殊でなァ」
「そうではありません。
何度も自分を傷つけては血を流し、時にこんな怪我まで負いながら。…そこまでして、鬼を斬り続ける理由です」
こちらを見つめて動かない瞳が何かを叫んでいるようで、一瞬言葉が出なかった
「…テメェにゃ関係ねぇ」
雪村ははっとしたように目を逸らし、止めていた手を動かし始めた
「…申し訳ありません」
「別に謝ることでもねぇよ。…お前こそ仕事とはいえ身削りすぎじゃねぇのか」
毎日のように負傷者の出る鬼殺隊で、診てる患者は俺だけじゃねぇはずだ。玄弥の検査もしたと言っていたし、いつ休んでんだ?
一見冷たく聞こえる口調とは程遠く、日々甲斐甲斐しく世話を焼くコイツに少しだけ興味が湧いた
「お気遣いありがとうございます。私はただ…」
手元に目を落とし、ぽとりと零した
「生きてほしいんです」
「………」
「あなた方が鬼を斬るために死の闇に赴くことをやめないように、私はその闇を照らすことをやめたくない。生きていてほしいから。
一瞬でも多く笑って、幸せに、いつか来るその日まで」
潮が満ちるように伝わってきた切な願いに
親友の遺した言葉が蘇った
ーーー大切な人が笑顔で、天寿を全うするその日まで幸せに暮らせるよう
ーーーーー生きていて欲しい、生き抜いて欲しい