第6章 熱に焼かれる
待って、と止めようとした時にはもう遅かった。
ちゅう。
女性は杏寿郎さんの頭をガッと掴むと、無理やり引き寄せ唇を合わせた。
サッと自分の心が急激に冷えていくのを感じる。
その場にいた女性以外の全員がまるで時間が止まったかのようにピシッと動きを止める。あの杏寿郎さんさえ驚愕のあまり目を見開くのみで動かない。それを良いことに、女性は杏寿郎さんの頭を掴んでいた手を首に回そうとしている。
「‥っ炎柱様から離れて下さい!!!!」
そう1番最初に言ってくれたのは、先程私を心配して声をかけてくれた隠しの女性だった。
その叫び声で杏寿郎さんも我に返ったのか、ドンっと女性を突き飛ばした。
「‥っ痛い!!何するのよ!!」
女性は尻餅を着き、杏寿郎さんに向かって怒鳴っていた。私は頭に焼きついた、杏寿郎さんが他の女性と口付けているシーンが頭から離れずただ呆然としていた。
「‥柏木さん‥」
遠慮がちに掛けられた声に私の頭はようやく思考を再開する。私は全集中力を脚に向け、グッと力を込める。
「‥すみません‥帰ります」
殆ど独り言のように呟いた言葉が聞こえたのか、杏寿郎さんは慌ててこちらを見た。けれど丁度突き飛ばした女性を引っ張り起こしているところで‥その行為すらもう見たくない。
「ナオ!」
私を呼び止める声が聞こえたが、止まることなくその場を逃げ出した。
杏寿郎さんに鍛えてもらう前の私なら、きっと簡単に追いつかれ捕まっていただろう。でも今は違う。継子として恥ずかしくないように死ぬほど鍛錬し、森や入り組んだ街を走り抜けたり、鬼を追いかけるのは私の方が速い程にまでなった。
まぁあの女性に捕まって追いかけてすら来ないかもしれないけど。
必死で走る。でも煉獄家には帰れない。かと言って他に帰る場所なんてない。私の足は自然と蝶屋敷へと向かっていた。
バンっと大きな音を立てて扉を開けてしまった。あれだけの距離を全速力で走り続ければ流石に疲れる。はぁはぁと身体に酸素を取り込もうと大きく息を吸う。その音を聞きつけ、誰かがこちらに向かってくる足音がした。
「どなたですか!まだ早朝です!扉は静かに開けてください!」
アオイさんは音の主が私と知ると、とても驚いた様子だった。