第5章 隠せない隠さない
数日後、私はひとり槇寿郎様の部屋を訪ねていた。明日から炎柱の継子として本格的な任務が始まる。当の杏寿郎さんはお館様に呼ばれ今はいない。ならばチャンスは今しかない。
「槇寿郎様、少しお時間よろしいでしょうか?」
部屋の外から声をかけるが返事はない。だが確実に人の気配はする。無視されているのだ。それならば仕方ない。失礼は承知の上で部屋の襖をあけた。やはり槇寿郎様は部屋におり、布団に寝そべりながらお酒を飲んでいた。
「お休みのところすみません。槇寿郎様にお話したい事がございます。少しお時間いただいても宜しいでしょうか」
「杏寿郎の事だろう」
私の言葉に間髪入れず答える。杏寿郎さんに報告は受けていたのだろう。ならば話は早い。
「その通りです。杏寿郎さんと恋仲になりました。ゆくゆくは杏寿郎さんの妻となり、添い遂げたいと思っております。それを槇寿郎様に認めていただきたいのです」
「俺の答えは同じだ。杏寿郎もお前も鬼殺隊を辞めろ。そうすればすぐにでも認めてやる」
やはりそう来たか。そう言われることは想定済みだ。
「それは出来ません」
「ならば認めん」
「それは困ります」
私のその物言いに腹が立ったのか、槇寿郎様は怒りを隠すことなくこちらを振り返る。
「だまれ!子娘のくせに生意気な!!」
槇寿郎様の怒声に一瞬怯む。でもここで引き下がるわけにはいかない。私は槇寿郎様の目を真っ直ぐと見つめる。
「私は炎柱として責務を全うしようとする杏寿郎様が好きです。人のために自分の犠牲を厭わないその心が好きです。だからそんな杏寿郎さんを守るために私は鬼殺隊を辞めるわけにはいきません。誰よりも側にいて杏寿郎さんを守るって決めたんです」
槇寿郎様は何も言わない。
「槇寿郎様や千寿郎様が杏寿郎さんを失う事がないように死ぬほど鍛錬します。だからどうかしばらくお時間を下さい。そして、槇寿郎様が私に杏寿郎様を任せられると思った暁には‥杏寿郎さんの妻になる事をお許し下さい」
「‥勝手にしろ。俺には関係ない」
必死に頭を下げる私にかけられたのはその二言だけだった。
「ありがとうございます。それでは失礼させて頂きます」
今はそれで良い。なんなら出ていけど言われなかっただけマシだ。
襖を静かに閉め、私は鍛錬場に向かった。一刻も早く杏寿郎さんを守れるくらい強くなるために。