第4章 赤く赤く
「いいや!俺は全く問題ない!柏木を送り届けることなど造作もないことだ!」
そうかもしれないけどそうじゃない!私のために師範の手を煩わせることなんてしたくない。
「造作ないとかあるとかそういう事でもなくて‥そもそも私を襲おうなんて輩いないですしそんなやつ自分で蹴散らせます!」
その言葉に師範はピクリと反応し、ズンズンと進めていた足を止め、後ろを歩いていた私の方へ振り返る。
まずい‥怒っている。
無言で私の目をジーッと見つ‥いや睨まれているという方が正しいか。その顔に怒らせてしまったかもという焦りよりも、普段あまり見ない師範の細められた目になんだかドキドキして、思わず目を逸らす。
いや違う!それどころじゃない!心の中の自分が叫ぶ。
「柏木!」
我に帰り再び師範の顔を見ると、いつの間にかいつもの表情に戻っていた。
「‥はい」
やはり怒られるのだろうか。
「上官命令だ!」
「‥‥はい」
そう言われたら、私には師範に従う以外選択肢はない。
——————————
あっという間に長屋へ到着し、それまでの道すがらすれ違ったのは1人だけだ。
やっぱりわざわざ送ってもらう必要なんてなかったじゃない。そう思ったが間違っても口に出すことはできない。
「では俺は家に戻るとしよう!」
「はい。送って頂きありがとうございました。‥気をつけてお帰り下さい」
師範に限ってなにもないとは思うが。
「うむ!柏木!」
まだ私に何か言いたいことがあるのだろうか?
「はい」
「おやすみ」
「‥っ!‥おやすみ‥なさい」
そんな素敵な顔で、素敵な声で、尊敬してやまない師範におやすみなんて言われたらもう胸がいっぱいすぎて眠れなくなってしまいそう。
師範は踵を返し、来た道を戻って行く。いつまでもその背中を見送っていたかったが、明日は任務があるし、早く部屋に入らなければ危ないからと師範がわざわざ送ってきてくれたのをそれこそ無駄にしてしまう。後ろ髪を引かれながら戸を閉め、まずはこの気持ちを沈めようと台所まで行き水を一杯飲む。
師範は誰にでもあんなに紳士的で優しいのだろうか。自分ではない他の誰かに優しく微笑む師範を想像し、胸がツキリと締め付けられるのを感じる。
その時の私は、それが"恋"の所為だとは夢にも思っていなかった。