第13章 暖かく和やかに
「お待たせ。はい、おにぎりとお茶どうぞ。もう少し休んでからでもいいからきちんと食べてね」
そう言ってサイドテーブルに、お握り2つとお茶を置いてくれた。
「ありがとうございます」
そう言いながら身体を起こす私を、鰯谷さんがやけにニコニコと見ている。
「…?どうかしましたか?」
「ふふっ。ごめんなさいね。さっきあなたのご主人ね、新生児室まで来て、赤ちゃんをすごく嬉しそうに眺めてたのよ」
「え?そうなんですか」
帰る前に、もう一度あの子の顔を見たくなったのだろう。新生児室を覗いてニコニコしている杏寿郎さんの姿を想像すると、私の頬も自然と弛んだ。
「それだけだと、まぁ割と普通のことなんだけど、あなたのご主人ったらね、わざわざ私たちのいるところまで来て"今日は本当にありがとうございました。引き続き俺の妻と子をよろしくお願いします"なんて丁寧に挨拶してから帰って行ったのよ。見た目だけじゃなくて、中身も本当に素敵な旦那様ね。あんな男に愛されるなんて羨ましいったらないわ」
鰯谷さんのその言葉に、私の胸はじんわりと暖かくなった。
「…そんなことを…」
まさか杏寿郎さんがそこまでしてくれているとは思わず、私を、そして赤ちゃんの事を本当に大切に思ってくれているその行動がただただ嬉しかった。
フと思い出したのは、前世で紋付袴と白無垢を煉獄家で受け取ったあの日の事。確か、同じような台詞を呉服屋の女将に言われた。あの時は、その杏寿郎さんを褒める言葉が、そして私を羨む言葉が辛くて辛くて心が潰れてしまいそうだった。でも、今は違う。杏寿郎さんは生きていて、そしてこれからもそばにいてくれる。
「…早く…明日が来ないかな」
私の小さな呟きは鰯谷さんの耳には入らなかったようで
「じゃあ、もし何かあったら後ろのボタンを押してね」
というと、部屋を出て行った。
再び1人になった部屋で思うのは、早く杏寿郎さんが、千寿郎さんが、槇寿郎さんが、瑠火さんがいるあの家に帰りたい。それだけだった。
その時、
ブーッブーッブーッ
マナーモードにしてあった私のスマートフォンがブルブルと震え出した。腕伸ばし、画面を見ると
"お母さん"
の表示が。
「…しまった…」
私はここでようやく、陣痛が来たことも、赤ちゃんが産まれてきたことも、自分の両親に伝えていないことに気がついた。
![](/image/skin/separater52.gif)