第13章 暖かく和やかに
「ご主人、もう少しこっちに来てくれる?」
鰯谷さんのその言葉に、杏寿郎さんは私の右隣まで前進して来た。チラリと杏寿郎さんの顔を見ると、目を見開き、口を真一文字にしたままじっと赤ちゃんの様子を見ていた。
「腕をこうしてもらえる?」
杏寿郎さんはその指示に従い、腕をゆりかごのような形にする。
「それじゃあ乗せますね」
ゆっくりと杏寿郎さんの腕に赤ちゃんが置かれた。
杏寿郎さんが、私が産んだ杏寿郎さんと私の赤ちゃんを抱いている。
これまでの人生で、1番幸せを感じた光景だった。
「…産まれたばっかりなのに…杏寿郎さんにそっくりですね」
私がそう言った直後、
「…っありがとう…」
杏寿郎さんの普段は猛禽類のように鋭く開かれた大きな目から、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちたのだった。
処置を終えた私が鰯谷さんに連れられ個室に戻ると、杏寿郎さんはベッドに腰掛けニコニコしながらスマートフォンをいじっていた。杏寿郎さんは私が戻ってきたことに気がつくと、ベットから立ち上がり私の元へと駆け寄って来る。
「ナオ、本当に良くやってくれた。こんなに喜びを感じたのは産まれて初めてだ」
そう言って杏寿郎さんは鰯谷さんがそばにいるのにも関わらず私の身体を強く抱きしめた。
「こらこら。嬉しいのはわかるけど、奥さんは出産直後なんだからお手柔らかにね」
鰯谷さんの言葉に杏寿郎さんは私の身体から腕を離すと
「…っすまない!ついいつものクセで!」
と、慌てて言った。
「ふふっ。良いんですよ。でも流石にフラフラなので、ベットに寝ても良いですか?」
「うむ!俺が運ぼう!」
「…結構です」
「あはは!旦那さん本当に奥さんが好きなのね!」
「当然だ!世界で1番愛している!」
「っもう!恥ずかしいからやめてください…」
先程泣いていたのが嘘だったかのように、杏寿郎さんはすっかりいつもの杏寿郎さんに戻っていた。
あんな杏寿郎さんの顔…初めて見たな。
穏やかで、幸せそうで、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。きっと私は、杏寿郎さんにあんな風な"幸せで堪らない"という顔をさせるために今世に生を受けたのだとそう思う。