第13章 暖かく和やかに
ボストンバックに最低限のものを詰め、家出の準備をしているとなんだかワクワクしてきた。
…1日分で良いかな。
いくら怒っているとはいえ、流石に2日も3日も家出をする気にはならず1日分の着替えと、旅行用に買っておいた肌ケア用品を手に取る。
そのとき
「…ナオさん。…今、良いですか?」
扉の向こうから、遠慮がちに声をかけてきたのは千寿郎さんだ。
「はい。どうぞ」
私の答えを聞き、千寿郎さんが部屋の扉を開いた。
「失礼します」
千寿郎さんはそう丁寧に挨拶し、部屋に入るも、荷物を纏める私の姿にギョッとした表情を見せ、慌てた様子で私に近づいて来る。
「…っナオさん!どこかに行ってしまうんですか?…兄上が…何かしてしまったんですか?」
そう悲し気に聞いてくる千寿郎さんに私は
「…ちょっとね、息抜きがしたくなったの。心配かけてごめんね。でも…明日には帰ってくるから、そんなに悲しそうな顔しないで」
なるべく安心してもらえるようにと努めて笑顔で答えた。
「…明日、帰るんですね。兄上はこの事を知っているんですか?」
「まだ…言ってないの。行き先も、内緒にするつもり。だからもし、杏寿郎さんが心配していたら…明日には必ず帰ってくるって伝えてもらえるかな?」
千寿郎さんの眉はすっかり下がり切っており、その顔からは相変わらず不安の色がうかがえる。それでも
「わかりました。兄上のことは…僕に任せて下さい」
そう言ってくれた千寿郎さんに私は
「ありがとう」
とその手を取りお礼を告げた。
邪魔になるので徒歩で待ち合わせの場所に向かおうとしたが、
ついでの用がある
という槇寿郎さんが車で近くまで送ってくれた。その道中ほとんど会話はなかったが、待ち合わせ場所に到着し、お礼を告げて車を降りようとする私を引き留め
杏寿郎がすまない。
だがあいつの気持ちもわかってやって欲しい
と槇寿郎さんは言った。その様子から言って、杏寿郎さんと私が何故喧嘩をしたのか、そしてこれから私が何をしようとしているのかをわかっているようだった。
「…明日には帰ります。杏寿郎さんの事、どうかよろしくお願いします」
そう槇寿郎さんにお願いし、私は今度こそ助手席を降り扉を閉め、今一度槇寿郎さんに頭を下げその場を後にした。