第4章 赤く赤く
「ありがとうございます。それでは失礼します」
師範と千寿郎さんに頭を下げ、新しく我が家になる長屋へと向かう。今日の今日で住めるようになるとは思っていなかったが、以前煉獄家に頻繁に修行に来る隊士用にとお館様が手配してくれていたものがそのままとなっていた場所らしい。今までは藤の家を転々としていたので必要なかったが、長屋にとどまるのであれば最低限の生活用品を調達しに行かなくては。そう思い小間物屋に向かう事にした。
「柏木さん!」
背後から自分の名を呼ぶ声がして、何かと振り返ると先程別れたはずの千寿郎さんがこちらに向かって走って来ていた。
「千寿郎さん!どうかしたんですか?」
わざわざ追いかけてくるとは何あったのだろうかとこちらからも駆け寄る。
「柏木さん、本をお忘れのようだったので届けにきました」
はっと自分の手元を見ると確かに風呂敷しか持っていない。
「すみません!わざわざ届けさせてしまうなんて‥お手数をおかけしました!借り物だったのですごく助かりました!」
「良いんです。兄も明日も来るのだから届けなくても、と言っていたのを僕が好きで届けにきたのですから」
そう微笑んでくれる千寿郎さんに不覚にも胸がキュンとする。それにしてもそこまでして来てくれたのには何か理由があるのだろうか?
「どうかしたんですか?」
千寿郎さんは少し迷っているようだったが、急かさないよう言葉が出てくるのを待つ。そのうち意を決したように話し出した。
「‥明日もまた、来てくれるんですよね?」
不安そうに問うてくる千寿郎さんが安心するようなるべく優しく答える。
「はい。明日も、明後日も、その次もお邪魔させて頂きます」
何故そんな質問をしてくるのか、その意図がいまいち掴めない。
「‥兄上があのように楽し気に鍛錬している姿も、誰かと言い合う姿もとても久しぶりに見ました」
千寿郎さんは師範のその様子を思い出しているのか嬉しそうな、けれど少し悲しそうな顔をしている。
「僕がもっと兄上の相手になれれば良いのですが‥それは無理なので‥‥。柏木さんに来ていただけてとても嬉しく思っています。どうぞ兄上のことをよろしくお願いします」
そう言って頭を下げる千寿郎さんに慌てて頭をあげるようお願いする。
「そんな!お顔を上げてください!」