第4章 赤く赤く
煉獄さんを説得し煉獄家に住まわせてもらうのは回避した。一つ屋根の下に誰かと住むのが怖い。だって、私が一緒にいたいと望んだ人はみんないなくなってしまったから。代わりに煉獄家からとても近い距離の長屋を借りる事でなんとか許しをもらった。一つのところに留まることに不安はあるが弟子にしてもらう以上あまり我儘も言えない。
「ときに柏木!俺は一つ納得いかないことがある!」
「え?なんですか?私‥何か煉獄さんに失礼な事してしまいましたか?」
私の言葉に煉獄さんはそのギョロリとした瞳を更に見開く。
「何故千寿郎は"千寿郎さん"で俺は"煉獄さん"なのだろうか!」
え?そんな事?
なにを言われるのか身構えていたがまさか呼び方を指摘されるとは全くの予想外である。
「何故と言われましても‥千寿郎さんまで"煉獄さん"とお呼びしたらどちらを呼んでいるのかわからなくなるじゃないですか」
煉獄さんは私のその回答に不満げな顔をする。
「それはわかる!だがここにはもう1人"煉獄"がいる。だから俺のことも"杏寿郎さん"と呼んでくれても良いのではないか!」
‥‥‥?
この人はそんなに大声を出して何を言っているのだろうか。不安になっていた気持ちを是非とも返して頂きたい。
「それはちょっと‥私には‥難しいのですが‥」
「難しいことなど何もない!」
「いやでもこれから煉獄さんと私は師弟関係になるんですし、お名前で呼ぶなんて‥」
"杏寿郎さん"と呼ぶ自分の姿を思い浮かべてみる。
「‥やっぱり私には無理です!」
「無理な事はない!努力すればなんとでもなる!」
「そんな事でする努力ってどんな努力ですか!?」
話の通じない煉獄さんに自分の声もどんどん大きくなっていく。
‥ふっ。
私と煉獄さんの言い争う様子が面白かったのか、それまで黙って様子を見ていた千寿郎さんが急に吹き出す。
「‥っすみません。あまりにも兄上が必死な様子だったので‥つい可笑しくなってしまって‥っ」
必死に堪えている様子の千寿郎さんだが、はっきり言って全く堪えられていない。煉獄さんの顔を盗み見ると、千寿郎さんに笑われたことが恥ずかしかったのか耳を赤くして正面を凝視していた。
最終的に煉獄さんの呼び方は"師範"で落ち着いた。まだ不満な様子ではあったが師範はもうなにも言わなかった。