第1章 終わりと始まり
母が亡くなってから4年が経った。その間私と父はお互いを励まし合い、支え合いながら生きていた。母を失った悲しみを隠すことなく共有できたからこそ、2人とも前を向いて立ち直れたのだと思う。
なのに父はある日突然帰らぬ人となった。川で溺れていたお爺さんを助けようとして溺れたらしい。その知らせを聞いた時、言っている意味が理解できなくてただ呆然とした。涙の一滴も出てこなかった。脳が理解するのを拒絶していたのだと思う。
それからどう父の亡骸を迎えに行って、さよならをしたのか記憶が曖昧で思い出せない。
父と母がいる場所へ行きたい。そう思う自分と、そんなことしたら父と母が悲しむと思う自分を行ったり来たりしながら死んだように毎日を過ごしていた。
空っぽな1日をなんとか過ごし、1日の終わりに夕日を見るのが私の日課になった。草木や虫の鳴き声を聞いていると少しだけ気持ちが落ち着いた。でも近所から聞こえる楽しそうな家族の声に途端に耳を塞ぎたくなった。
「ねぇ。‥あなた柏木さんのところの娘さんよね?」
柏木さんのところの娘‥自分のことを言っているのだろうか、と疑問に思いながら声をかけられた方に振り向くと自分よりも少し年上の綺麗な女性が立っていた。記憶をたぐり寄せてみたが私の知り合いにこんな綺麗な人はいない。
「‥確かに私は柏木の娘ですが‥あなたはどちら様ですか?」
そう返事をするとその女性は優しそうな、でもどこか悲しそうに微笑んだ。
「私の名前はハナエ。あなたのお父さんの同僚の妻です」
「‥お父さんの?」
父の同僚の妻ということは理解した。でもなぜそんな人がわざわざ自分の元にやって来たのかがわからない。そんな疑問が顔に出ていたのだろう。
「‥実はね、私の夫もあなたのお父さんと一緒に亡くなったの」
その言葉に私は驚きすぎて声も出なかった。沈黙が2人を包み、虫の声だけが辺りに響く。
しばらくするとハナエさんは本来の目的を思い出したのかまた喋り始めた。
「ひどいわよね。私の夫もあなたのお父さんも。こんな可愛い妻と子ども残して死んじゃうなんて。どこぞの知らない老人よりも私たちを大事にしなさいよ‥なんてね」
私もそう思っていた。でも家に来る人来る人あなたのお父さんは立派だったなんて言うから、思ってても口にはできなかった。