第10章 灯る灯火
「忙しない1日でしたね」
「うむ!だが俺はようやくこの時を迎えられ、心の底から喜びを感じている!」
「はい…私もです」
そう言って杏寿郎さんの手に指を絡め、所謂"恋人繋ぎ"をする。
「今日からナオは俺の妻だ!共に過ごせなかった時間を取り戻すことはできない。だがそんなもの気にならない位、これからたくさんの思い出を作ろう!」
杏寿郎さんも空いている方の私の手に指を絡め、気づくと向かい合うような形になっていた。
「はい!…あ、でも出来れば仕事は続けさせてもらいたいんです。異動したばかりですし、…今の仕事、好きなんです」
「うむ!それは全く構わない。もし君に子が出来て、やはり家庭に入りたいと思えばそうすれば良い。俺は教師として働いてるし、父上も道場を営んでいる故蓄えも十分にある!君が家庭に入っても全く問題はあるまい」
成る程、相変わらず立派な道場だとは思っていたが槇寿郎様が道場を営んでいたのか。
「ありがとうございます。その時は、相談しますね」
「うむ!」
杏寿郎さんの指が離れて行く。けれどもその代わりに、私の背に温かく逞しい腕が回される。
「今度こそ、幸せにする」
"幸せにする"その言葉が少しだけ気になっていた。
「…ずっと言おうと思っていたのですが、私、杏寿郎さんに幸せにして欲しいわけではありません」
杏寿郎さんは私のその言葉がよっぽど意外だったのか、目を丸くして私を見る。
「私は杏寿郎さんと一緒に、2人で支え合いながら、2人で幸せになりたいんです。私も杏寿郎さんを幸せにしたいんです。…だから、これからたくさん、たぁくさん、私に頼って、甘えて下さいね」
杏寿郎さんの身体に腕を回し、ギュッとその愛おしい身体を抱きしめた。
「…君には敵わないな」
眉を下げ、優しく呟くように言ったあと、杏寿郎さんの顔が私の顔へと近づいてくる。
それを受け入れようと、私も目を瞑ろうとした。
「ねぇママ。あのお兄さんとお姉さんとっても仲良しね!ああ言うの、ラブラブって言うんでしょ?」
「そ、そうね。邪魔になっちゃうからあっちに行きましょうね」
可愛らしい女の子の声と、それを諌めようと必死に話しかけるお母さんの声で、杏寿郎さんと私は我に返る。
「…帰りましょうか」
「そうだな」
珍しく私と同じくらい杏寿郎さんも顔を赤くしていた。