第10章 灯る灯火
杏寿郎さんは婚姻届とボールペンを父に向け差し出し言った。
「…っ!」
まさかそこまでしていてくれたとは思っておらず、私は込み上げてくる涙を堪え切れずにいた。父はニコリと杏寿郎さん、そして私に向かって微笑み
「僕でよければ喜んで書かせてもらいましょう」
と言った。
「ありがとうございます!」
「いやぁでも…書き損じたらどうしよう」
そう不安気に言う父に杏寿郎さんは
「念のためと思い5枚もらってきたので、心配ご無用です!」
「え!?5枚も!?」
と父を驚かせていた。そんな2人のやり取りに、溢れそうにっていた私の涙はすっかり奥へと引っ込み、代わりに今度は笑いを噛み殺すのに苦労した。
保証人欄を記入するのに必死な父のためにコーヒーでも入れようとキッチンでお湯を沸かしていると母がやってきた。
「ねぇナオ、煉獄さんってあなたの虎のぬいぐるみに物凄くそっくりね」
「…やっぱりわかる?」
流石、私のことを誰よりもずっとそばで見てきた母だ。
「長年大切にしてきた虎のぬいぐるみとそっくりな人と結婚するなんて…なんだか運命的なものを感じるわね」
"運命"。きっと杏寿郎さんと私の関係は、そんな綺麗な言葉では片付けられない。
「私ね…杏寿郎さんと出会うために生まれてきたの。だからお母さん、安心して見守っててね」
その言葉に、母は優しく頷いた。
父は帰り際、「あ!どこかで見たことがある顔だと思ったら虎のぬいぐるみだ!」ととんでもない爆弾を落とし、それを聞いた杏寿郎さんはひどく不思議そうな顔をしていたのだった。
"これ以上余計なことを言うな"
と言わんばかりの目線を父に向けると、父は口を噤む。私は杏寿郎さんが口を開く前に"向こうに着く時間が遅くなるので急ぎましょう"と急かし、なんとかこの話を誤魔化したつもりでいた。
——————————
"安心したら腹が空いた!"
そう言った杏寿郎さんの為に、少し早いがこの辺りで人気のラーメン屋さんに立ち寄ることにした。到着した丁度その時お店の暖簾がかけられ、全く待たずに店内に入ることができた。前世ほどではないが、今世の杏寿郎さんもよく食べるようで、"ラーメン大盛り、トッピング全部乗せ、餃子1枚、炒飯大盛り"と店員さんが目を丸くする量をあっという間に平らげていた。