第10章 灯る灯火
公園に設置されているベンチに千寿郎さんと並んで座ったものの、お互いに何から話をしたら良いのかわからないようで沈黙がしばらく続く。
「…久しぶりだね。元気だった?」
結局出てきたのは、当たり障りのない質問だった。
「はい。僕も兄上も元気でやっています」
早速出てきてしまった杏寿郎さんの名前に、私は思わず口をつぐむ。
「…僕は今、兄上が教師として働いている学校に通っているんです。今までナオさんにお会いできたことはありませんでしたが、ナオさんもこの辺りで働いているんですか?」
千寿郎さんのその問いに咄嗟に嘘をつこうかと迷いはしたが、私はこれ以上千寿郎さんを傷つけたくないと思い正直に答えることにした。
「駅の近くに語学学校があるの知ってる?今まではちょっと離れた街にある別校舎に勤めてたんだけど、つい昨日異動になったんだ」
「そうなんですね!ようやくナオさんにお会いできて僕はとても嬉しいです。…でも何故先ほど、僕から逃げようとしていたのですか…?」
千寿郎さんは眉を下げ、とても悲しそうな顔で私を見る。
「…ごめんね。ちょっとびっくりしちゃって…」
我ながら下手な嘘だなと思った。
「…僕も、そして兄上も、ずっとナオさんを捜していました」
千寿郎さんのその言葉に、思い出したくない昨日の光景が鮮明に脳裏に浮かぶ。
「…そんなの…嘘だよ」
震えそうになる声を抑え、なんとか出てきたのは蚊の鳴くような情けない声。
「嘘なんかじゃありません!兄上はずっと「だって見たんだもん!!!」…っ」
突然の私の叫ぶような声に、千寿郎さんは驚き戸惑っている。
「私、昨日千寿郎さんに会う前に…杏寿郎さんを…見たの…。杏寿郎さん…女の人の肩を抱いて歩いてた…」
「…っ!」
千寿郎さんの息をのむ音が聞こえる。
「杏寿郎さん…恋人がいるんじゃないの?私の事なんて…もう忘れちゃってるんじゃないの…?」
「そんなはずありません!!!」
かつて聞いたことがない程の千寿郎さんの大声に、思わず肩がビクリと跳ね上がる。
「僕はずっと側で兄上を見て来ました!兄上は一度だってナオさんのことを忘れたことなんてありません!今も毎日ナオさんと会えることを願っています!」
じゃあ、昨日見たあの光景は何だっていうの?