第10章 灯る灯火
「…でも私確かに見たの。例え生まれ変わった姿だとしても、‥私が‥杏寿郎さんを見間違えるはずがない…」
昨日の2人の姿は、傍から見たらどう見ても恋人同士だ。それを否定できるだけの何かは…一つだってない。
「…きっと何か理由があるはずです。お願いです!一度兄上と会って話をしてください…っ!」
千寿郎さんはそう言って強く私の手を握る。私はその千寿郎さんの様子が、どうしても嘘をついているようには見えず戸惑っていた。
もしかしたら…本当に何か理由があるのかもしれない。
ほんの少しだが、そう思う部分も出てきた。それでも、あの光景を目の当たりにしてしまった以上、私はどうしても今、こんな気持ちのまま杏寿郎さんと会って話をする勇気を持つことが出来ない。
「…少しだけ…時間をくれないかな…?」
私のその言葉に、千寿郎さんはパッと顔を上げる。
「…そうすれば、ナオさんは兄上と会ってくれるのですね…?」
「……うん」
正直に言うと怖い気持ちの方が圧倒的に大きい。それでも、真実が知りたいと思った。
「もう少し…もう少し心の準備が出来たら…私の方から千寿郎さんに連絡する。約束する。だからお願い…杏寿郎さんにはまだ、私と会ったことを黙ってて欲しいの…」
「…わかりました。ナオさんの心の準備が出来るまで、兄上には黙っていると、そう約束します」
千寿郎さんはまっすぐと私の目を見据えそう言った。
連絡先を交換しようとスマートフォンを鞄から取り出した私に習い、千寿郎さんは鞄の中をごそごそと探っている。けれどもなかなか見つからないのか、ベンチに鞄の中身を全て出してみたようだが、そこまでしてもスマートフォンは見つからない。
「すみません…!今日に限って家に置いてきてしまったようで…メモか何かで頂いても良いでしょうか?」
「…わかった」
メモで連絡先を渡すことに一瞬迷う。けれども千寿郎さんのスマートフォンが手元にない以上今はそうせざるを得ず、鞄から仕事で使っている付箋を取り出し、そこに自分のメッセージアプリのIDを書き込み千寿郎さんに渡した。
「ありがとうございます。帰ったらすぐに連絡します」