第10章 灯る灯火
”長期療養になった人の代わりに別の校舎に異動して欲しい”
そう言われたのが先週末のこと。私は今日から一人暮らしをしている家から4駅ほど離れた別の校舎へと異動となった。この地域は、前に勤めていた校舎よりも、”あの街”からとても近く、もしかしたら杏寿郎さんを見つけることが出来るかもしれないと期待する気持ちがあった。
異動初日はまだ私を受け入れる準備が整っておらず、定時より2時間ほど早いが帰っても良いと言われ、私は通常であればまっすぐ駅に向かい自宅へと向かうところ少し周辺を見て回ることにした。
駅を過ぎ、勤務先とは別の方向へと足を向けると、そこには学生や家族連れがたくさんいる商店街があった。
こんな場所があるんだ。
と思いながらあたりを見回していると
「…っ!」
ふと目に飛び込んできた見覚えのある赤い毛先の黄色い髪。私は人ごみをかき分け、その背中を追いかける。
「…杏寿郎……さん……?」
見間違えるはずもない。そこにはずっと、ずっと探し求めていた愛しくてたまらないその背中。けれどその隣には、1人の女性がいて、私が大好きで堪らなかったその逞しい腕は、女性の肩をまるで守るかのように抱いていた。
‥ずっと探していたのに‥どうして?
杏寿郎さんへと向かっていた足が止まる。私はその目の前の現実から逃げたくて踵を返し駅へと走った。
構内を駆け抜け、ICカードをかざし改札を抜ける。階段を駆け下りホームへ着くと、丁度私が住む駅へと向かう電車が来ていおり、迷わずそこに飛び込んだ。
はぁはぁと入り口に背を向け、こぼれ落ちて来そうな涙を堪えながら息を整えていると
「ナオさん!」
階段の方から自分の名前を呼ぶ声が聞こえる。
バッと振り向きそちらの方を見ると
「‥‥っ千寿郎さん‥‥!」
そこには階段を駆け降りてくる千寿郎さんの姿が。
けれども千寿郎さんがこちらに来る前に、電車の扉は閉まりゆっくりと発車し始める。
「ナオさん!ナオさん!待ってください!」
扉の向こうから千寿郎さんが私を必死で呼ぶ声が聞こえる。
「‥千寿郎さん‥っ‥ごめんね‥」
程なくして、千寿郎さんの姿は見えなくなった。
同じ車両に乗り合わせた人達が、私のことを訝しむ様に見ていたが、私はこぼれ落ちる涙を堪えることができなかった。