第9章 火が灯るその日まで
「そうか。‥では、行こう」
そう言って杏寿郎さんは私の手を引き一歩踏み出した。
そこでふと、とても大事な事を思い出す。
「杏寿郎さん‥」
歩き出そうとしない私が心配になったのか杏寿郎さんは
「どうした?」
と、まるで小さな子どもに問いかけるように優しい声色で私の様子をうかがっている。
「‥千寿郎さんは‥大丈夫でしょうか‥?私‥必ず帰るって約束したのに、その約束を破ってしまいました‥」
もしかしたらあの時、杏寿郎さんを失った時のような辛い気持ちをまた味合わせてしまっているかもしれない。私はその辛さが痛いほどわかる。だからこそ、1人残し、杏寿郎さんと共に進もうとしている事が憚れた。
けれども杏寿郎さんは
「心配いらない」
と間髪入れずに答えた。
どうしてそんな事が言えるのだろう、と思ったが
「千寿郎には、父上がいる。君が繋いでくれた、千寿郎と父上、2人の絆がある。だから何の心配もいらない!」
そう何の迷いもなく杏寿郎さんが言うから、きっと大丈夫だとそう思えた。
「‥はいっ!‥千寿郎さんとも、また‥会えると良いですね‥」
「会えるとも!俺はそう信じている!」
杏寿郎さんを失った私の支えになってくれたのは、間違いなく千寿郎さんだった。
だから‥どうか、千寿郎さんの未来が、豊かで、幸せ溢れるものになりますように。
そう願わずにはいられない。
「今度こそ、準備は良いだろうか?」
「‥はいっ!」
今度は杏寿郎さんと私、2人足並みを揃え進み出す。
思い出されるのは今まであったたくさんの出来事たち。母を失い、父を失い、ハナエさんをカナエさんを失い、‥失ってばかりの人生だった。それでも踠きながらも進み続け、杏寿郎さんというかけがえのない存在に巡り合う事ができた。そして、その杏寿郎さんも失った。それでもまた、私を支え共に歩いてくれる人が現れた。
辛いこともたくさんあった。でも、良い人生だったと思う。
段々と明るさが増していき、周りの景色が、そして杏寿郎さんが見えなくなって行く。
けれども恐怖はない。
「ナオ」
その声も、近くにいるのに何故か遠く感じる。
「はい、杏寿郎さん」
「君を心から愛している」
「私も杏寿郎さんを心から愛しています」
また、会おう。
強い光に包まれ、私の今世が終わりを迎えた。