第9章 火が灯るその日まで
「‥ナオ」
「‥嫌です‥‥杏寿郎さんと‥離れたくないっ!」
あの時は、言えなかった私の本音。
あの時も、本当はこうして杏寿郎さんの前で泣き喚きたかった。
「‥っナオ!」
「っ!」
頭がグワングワンする程の大声に、思わず一瞬で涙が引っ込み、杏寿郎さんの顔をバッと見上げた。その私の行動を見逃さなかった杏寿郎さんは、私の頬を両手で掴み鼻がくっついてしまいそうな程その顔を近づけて来る。赤い瞳が私をじっと見つめ、まるで吸い込まれてしまいそうでクラクラした。
「約束しただろう。どこにいようと必ず俺が君を見つける。今度こそ幸せにする」
少しの迷いもないその言葉が、私の心を溶かしていく。
「俺を信じてくれ」
止まったはずの涙がボロボロと再び流れ始めた。
「‥っ‥絶対‥ですよ?」
「うむ!」
「約束‥ですよ?」
「約束だ!君は俺だけのもの!どの世に行こうとも、誰にも渡しはしまい!」
その杏寿郎さんらしくない言葉がとても嬉しくて、泣いていたはずなのに思わず口角が上がってしまう。
それを見た杏寿郎さんも、眉を下げ優しく微笑んでいた。
徐々に杏寿郎さんの顔が近づいてくる。目を瞑り、その時を待つ。
ちゅっと杏寿郎さんの唇が、私のそれに触れ、私の胸は感じた事がない位の幸福感に包まれる。
そして静かに離れていった。
‥え‥‥これだけ?
思わずそう思ってしまった。そんな私の考えが、杏寿郎さんにはお見通しだったようで
「頼むからそんな物欲しそうな顔をしないでくれ。俺だってもっとしたい!だがさっきも言った通りここは死後の世界。流石にこれ以上は‥ばちがあたる!」
そう言って恥ずかしそうに視線を彷徨わせる杏寿郎さんが、愛おしくて愛おしくて、私は再び自ら口付けた。
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杏寿郎さんと手を繋いで歩きたどり着いたのは、ため息が漏れるほど綺麗な川の流れる場所だった。そこには先が見えない程の長い橋がひとつ架かっている。
「‥此処は‥」
「うむ。おそらく此処が終着地点」
終着地点。すなわち今の私たちの終わる場所。そしてこれからの私たちが始まる場所。
「‥怖いか?」
杏寿郎さんが私の顔を覗き見る。
「‥怖くないと言ったら嘘になります。でも‥杏寿郎さんを‥信じると決めたので」