第9章 火が灯るその日まで
「千寿郎さん」
「ナオさん。‥父上とはお話できましたか?」
千寿郎さんは野菜を切っていた手を止めこちらを見る。
「うん。‥私ね、ここにいても良いんだって」
千寿郎さんは私の言っていることにいまいちピンと来ていないようで首を傾げている。
「私ね、槇寿郎様に‥出て行けって言われるのがずっと怖かったの。だって‥杏寿郎さんと私、婚姻の手続きしないままになっちゃったから」
それを聞いた千寿郎さんの眉がいつも以上に垂れ下がってしまう。
「でもね‥ここにいても良いって言ってもらえたの。それにね、実は明日から槇寿郎様に稽古もつけてもらえることになったの」
「‥本当ですか!?‥父上が‥稽古を付けてくれるんですか!?」
千寿郎さんは目がこぼれ落ちてしまうんじゃないかと言う程目を見開き驚いている。
「うん。‥槇寿郎様、変わったね。きっと杏寿郎さんのお陰だね」
そう言って私が笑うと、千寿郎さんも泣きそうな、でも嬉しそうに笑顔を向けてくれた。
「それでね、私、明日から杏寿郎さんの代わりに見廻りに出ることになったの」
「‥見廻り‥ですか‥?」
「うん。本当はね、柱になれって言われたんだけど‥まだちょっと自信がなくて。でもせめて杏寿郎さんの継子としてそれくらいの責務は果たさないと‥後で杏寿郎さんに叱られちゃうから」
"そうですね"なんて笑ってくれると思っていたのに、千寿郎さんは酷く不安そうな顔をしていた。
「‥どうしたの?」
「‥っすみません。‥僕ナオさんもいなくなってしまったらと‥怖くなってしまって‥」
千寿郎さんの声は震えていた。私はその身体をフワリと抱きしめ
「‥必ず戻ってくるって‥約束する」
と言った。それは千寿郎さんを安心させるため、そして自分自身に言い聞かせるための言葉だった。
「約束を果たせるように、もっと強くなる。だから、千寿郎さんは‥美味しいご飯を作って待っててね。お腹空かせて帰ってくるから」
「‥っはい!たくさん作って待ってます!」
千寿郎さんをもう泣かせたりしない。そう心に誓った。
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その日の夕方。
「ごめんくださーい。柏木様はいらっしゃいますか」
縁側で鍛錬をしていると門の方から私を呼ぶ声。柏木の名で呼ばれると言うことは隠だろうかと不思議に思い門へと急ぐ。