第9章 火が灯るその日まで
それが目に入った瞬間、私の心がガラリと音を立てて崩れた。
ジワリと溢れてくる涙。段々と浅く、早くなる呼吸。
‥苦しい。
息をしようとすればする程どんどん苦しくなり、手足も痺れて来て、立っていられなくなりガタンと座り込む。
その音に気付いたのか、何処かの部屋の扉が開いた音が聞こえた。でも今の私には、そちらを振り向く余裕もない。
「‥っナオさん!?」
バタバタと千寿郎さんが駆け寄ってくる。
「ナオさん!?どうしたんですか!?苦しいんですか!?」
はぁはぁ‥っ!
答えることすら出来ない。
「ナオさん!ナオさん!」
段々と視界がボヤけ、耳も聞こえなくなってくる。
こんな事‥前にもあったな。あの時は杏寿郎さんが背中を撫でてくれたんだっけ。
そんな事を思い出してしまうから、杏寿郎さんの温もりが恋しくて余計に涙が止まらなくなる。
このまま死にたい。
そう思ったその時。
背中に感じる覚えのある温もり。
「落ち着け。ゆっくり。息を‥吐くんだ」
杏寿郎さんよりも‥少し低い声。
ゆっくりと視線を上げると、愛する人とよく似た顔。
「‥槇‥寿郎‥様‥?」
「俺の呼吸に合わせて吐くんだ。吐くことに集中しろ」
すー、はーーー。
すー、はーーー。
すー、はーーー。
「いいぞ。そうだ。千寿郎、水を持って来てくれ」
「はい!」
息は‥苦しくなくなった。でも、胸が苦しく苦しくてもう耐えられなかった。
「ごめんなさい‥ごめんなさい」
「どうした?何を謝っている?」
槇寿郎様の聞いた事のない優しい声色が、私の罪悪感をより強くする。
「‥守れなかった。守るって約束したのに。私だけノコノコ生き残ってしまった。ごめんなさいごめんなさい」
「‥お前が謝ることなんて何もないんだ」
「ごめんなさいごめんなさい。‥私が‥死ねばよかった‥」
「そんなこと言わないでください!」
ドンっと横からぶつかる様に抱きついて来たのは‥千寿郎さんだった。
「僕は‥ナオさんが生きて帰って来てくれて嬉しいです!兄上の代わりにナオさんがだなんて思うはずありません!」
ギュッと抱きつく千寿郎さんの温もりに、背中を撫でてくれる槇寿郎様の手の暖かさに、私の隠して来た気持ちが顔を出す。