第9章 火が灯るその日まで
蝶屋敷で療養していたので杏寿郎さんの葬儀には行けなかった。杏寿郎さんと私のお別れはあの時ちゃんと済んでいたし、思いの外回復が遅く、ひとりで出歩くのは困難だった。しのぶさんや千寿郎さんは私を気遣って、近くで手助けするから出るようにと言てくれていたが、2人の手を煩わせるのも憚れて丁重にお断りした。
杏寿郎さんの訃報を聞いた蜜璃ちゃんはすぐに私に会いに蝶屋敷に来てくれて、そこには一緒に蛇柱様の姿もあって「あぁ、またネチネチ言われてしまう。今はできれば聞きたくない」なんて思っていたのに、蛇柱様はただ気遣うような視線を蜜璃ちゃんに、そして私に送るだけだった。
蜜璃ちゃんは自分だって辛いはずなのに、私のことばかり心配していて、「辛かったら泣いていいんだよ?悲しんでいいんだよ?」と泣いて言ってくれた。
それに対して私は「大丈夫だよ」と、ただ曖昧な笑みを浮かべることしか出来なかった。それを聞いた蜜璃ちゃんは、更に悲しそうに顔を歪めていた。
あの時、お別れはきちんと済ませたはずだった。それでもまだ、私の心は杏寿郎さんの死を受け入れる事が出来ていない。
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療養を終えた日から私は1日も休まず任務に就いていた。任務に就いている時は、余計なことを考えずに済んだから。それに、煉獄家で槇寿郎様と顔を合わせるのが‥怖かった。あれだけ杏寿郎さんを守ると言っていたのに、守ることもできず自分だけノコノコ生き残ってしまったことが後ろめたかった。そして、杏寿郎さんがいなくなってしまった今、私が煉獄家に置いてもらう理由はなくなってしまい、"出て行け"と言われるのが怖かった。
いつかはここを、出ていかなくてはいけないことはわかっている。‥それでもまだ、杏寿郎さんの気配を色濃く感じることができるあの部屋で、杏寿郎さんと2人並んで寝た布団で‥眠りにつきたかった。
千寿郎さんはそんな私の様子に気づいているのかいないのか、深くは聞いてこなかった。いやきっと、千寿郎さんもまだ私と同じで気持ちの整理が付けられていないのだろう。それでも、私が任務に行く時は必ず、杏寿郎さんがいた頃と同じように切り火をして、食欲のない私を気遣って、おにぎりをふたつ持たせてくれた。
「ナオさん、行ってらっしゃい。お気をつけて」
その言葉が杏寿郎さんの元へ行きたいと願う私の気持ちを繋ぎ止めていた。