第8章 燃え尽きる
「‥俺にとっても君は‥俺が俺でいられる唯一の場所だった。君の前だけでは‥煉獄の名も、炎柱という立場も、全て忘れた、ただ君を愛する男でいられた」
そう言って微笑む杏寿郎さんに、私は嗚咽を堪える事ができない。
「‥俺のことを忘れて欲しいと言ったが‥嘘だ。君が‥他の誰かを愛する事など、想像もしたくない‥」
「そんなの‥ありえません。絶対に。‥命尽きるその瞬間まで‥私は杏寿郎さんのものです」
杏寿郎さんの声が段々と掠れ、小さくなっていく。別れの時はもう目の前まで来ている。
「‥私‥最後まで戦い続けると誓います。だから‥必ず迎えに来てください。それで‥生まれ変わったら‥今度は必ずお嫁さんにして下さいね」
ちゃんと笑えているとは到底思えないが、今私ができる精一杯の笑顔を杏寿郎さんに向けた。杏寿郎さんも‥泣きそうな笑顔をわたしに向けてくれる。
「あぁ‥約束する。必ず迎えにいく。必ず君を見つける。だから‥しばしの別れだ」
杏寿郎さんはそういうと、もうほとんど動かないはずの腕を動かして何かを取り出した。
「‥っこれ‥」
その手には私が杏寿郎さんへ贈った組紐が握られていた。
「‥父上に渡してくれ。‥君が繋いでくれた千寿郎との絆‥今度は‥父上と繋いでやって欲しい」
受け取った組紐を胸に抱き、私は何度も頷く。
「‥必ず‥槇寿郎様にお渡しします‥!」
杏寿郎さんの瞼が‥段々と下がっていく。
「‥ナオ‥」
「‥はい、杏寿郎さん」
「‥最後に‥口づけてはくれないか‥」
「‥‥っはい‥」
出来るだけ優しくその頬を両手で包む。
ちゅっ。
と、触れるだけの口づけを交わす。
その唇はカサカサで‥冷たくて‥濃い血の味がした。それが杏寿郎さんと私が交わす‥最後の口づけ。
「‥ありがとう。‥ナオ、愛している‥」
「私も、杏寿郎さんを‥世界で一番、愛しています」
おやすみなさい。
杏寿郎さんは最後に安心したようににっこり微笑み、その生涯に幕を閉じた。
「杏寿郎さん‥っ!杏寿郎さん‥っ 」
私はただ、
まだ温もりを残したその身体を抱きしめ、
啜り泣くことしか出来なかった。