第8章 燃え尽きる
私は杏寿郎さんの事が大好きだ。誰よりも努力家で、真面目で、誠実で、家族想いで、たまに子どもっぽくって、愛情深くて‥挙げ出したらキリがない。たまに話しが通じなくて困ってしまう事もあるけれど、そんなのはごく小さな事だ。そんな杏寿郎さんに伴侶として選んでもらえたことは、もう夢のように幸せなことで、"私の夫はこんなにも素敵な方です!"と叫んで歩きたい程に(絶対にそんな恥ずかしいことはしないけど)。
「うまい!」
杏寿郎さんのとても美味しそうに、尚且つ美しく食べる姿も大好きだ。
「あ、あの‥杏寿郎さん‥」
でも今は正直言って困っている。
「うまい!」
だってここには、他の乗客もたくさんいて
「うまい!」
沢山の牛鍋弁当を抱えて移動するのも困難で
「うまい!」
移動した先で同じ事が起こることもわかりきっている。
「‥少し、声を抑えて頂けると‥助かる」
「うまい!」
んですけど、と言おうとした言葉も杏寿郎さんによってかき消されてしまった。
‥もう諦めよう。
他の乗客の迷惑になってしまうとなんとか杏寿郎さんを鎮めようと試みた私だが、無理なものは無理だ。私は心の中で同じ車両に乗り合わせた人達に謝りつつ、外の景色でも見て気を紛らわせることにした。実は私は列車に乗ること自体が初めてで、内心少し浮かれていた。これが任務中でなかったらどんなに楽しかっただろうか。
そうだ。祝言を終えて、もし休暇をもらえる事が出来たら、列車に乗って温泉でも行こうと杏寿郎さんに提案してみよう。
杏寿郎さんの方をチラリとみるとまだ牛鍋弁当を美味しそうに頬張っている。私の視線に気づいた杏寿郎さんは、ご飯を箸ですくい
「ナオもたべるか?」
と差し出してくれた。
「‥私は‥お腹がいっぱいなので‥大丈夫です」
「そうか」
というかこんな他の乗客もいる中で所謂"あーん"をしてもらうのは恥ずかしいので無理だ。
やはり、杏寿郎さんの周りを気にしな過ぎるところも、もう少しなんとかして欲しいかもしれない。
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ガラリ、と車両の扉が開く音がし、誰か移動して来たのかなと思ってはいた。
「あの‥すいません‥」
「うまい!」
声を掛けられるとは思っておらず、驚きながらそちらを見ると見知った顔が3つ。