第7章 幸せに手が届く
心が挫け、今はああなってしまった槇寿郎様。でも杏寿郎さんも私も、何かがきっかけであちら側に行く可能性は十分にあって。誰も槇寿郎様を責める権利なんてない。だからと言って、杏寿郎さんや千寿郎さんに酷い言葉を投げていい理由にもならないが。
杏寿郎さんはかつての凛々しかった槇寿郎様の姿を思い出しているのか、じっと前を見つめていた。
私はご活躍なさっていた頃の槇寿郎様のことを知らない。だから正直言ってそのお姿を中々想像できない。でもきっと、杏寿郎さんに負けず劣らず強くて、格好良かったのだと思う。だって、炎柱にまでなったお方だもの。
「‥家に帰ったら、父上にこの事を話してみようと思う。くだらないと言われてしまうだろうがな!」
杏寿郎さんは少し切なそうに笑った。
「はい。きっと‥"興味ない"とか言いながらも聞いてくれます!なんならお土産に牛鍋弁当でも買って帰りましょうよ」
「む!それは名案だな!無事任務が完了したらまた来よう!」
少しでも良い。槇寿郎様が、杏寿郎さんの気持ちに応えてくれることを祈らずにはいられなかった。
けたたましい音を立てて無限列車がホームへとやってきた。ホームに停車すると、たくさんの人たちが列車に乗り込んで行く。この列車が鬼が出る危険な列車だとは私たち以外誰も気づいていない。気付くはずもない。逃げ道のないこの箱の中で、果たして全員を守る事ができるのだろうか。
急に不安が押し寄せて来て、杏寿郎さんの羽織をギュッ掴む。
‥なんだろう。すごく嫌な予感がする。
杏寿郎さんは普段はしない私の行動を不思議に思ったのか、私の方を振り返る。
「む?どうかしたか?」
「‥いいえ。何でもありません。ただ‥急に甘えたくなって」
弱気な自分を悟られたくなくて、咄嗟に嘘をついてしまった。
「ナオにしては珍しいな」
杏寿郎さんは私の耳に口を寄せ
「任務が済んだらたくさん甘やかしてあげよう。君の晴れ姿を心より楽しみにしている」
そう囁く。私の頬に急激に熱が集まる。
「‥はい。たっくさん甘やかしてください」
杏寿郎さんは私のその返事が意外だったのか、目を見開いた後ニコリと微笑んだ。
「よし!我々も乗り込むぞ!」
「はい」
扉へと進んでいく杏寿郎さんの背中に、私も続いた。
この列車が永遠の別れに続いていることも知らずに。