第8章 泣く君 × 笑う貴女
ホテルを出て、タクシーを待つ頃。
不意に人影を感じて横を向けば、
そこには彼がいた。
「…鳴海さんっ!!?」
驚いたのと同時に、
もう終わりなのだと悟った。
すべて自分が招いた結果だというのに、
何故か涙が出そうだった。
「なんで。ホテルなんかいるの
家だって言うから、行ったのに居ないし」
違うの待って、
そんな女の王道のセリフなんか
私の口からは出なくて。
「男と寝てたのよ。分かるでしょ」
鳴海さんはギュッと唇を噛み締めた
そうして叱ればいい。
別れなんか告げないで、「帰るぞ」って
そう言ってくれればいい。
「…かわいそうな女。さようなら」
彼はそれだけ言って、
私に背を向けて歩き出した。
「ま、待って…!」
違う。
そうじゃないの。
タクシーが着いたのに、
それも無視して私は走り出した。
ヒールだから走りにくい。
やっと涙が出た。
「待ってよ鳴海さんっ!!」
なんであんなこと言っちゃったんだろう
誤魔化すぐらいの言葉を言ってたら、
もしかしたら喧嘩で済んだかも。
好きすぎたのは、
私のほうだったんだ…
「話を聞いて!私が悪かったわ…
ねえ、お願い!別れるなんて…っ」
「君が!君が、やったことでしょ
俺がいつまでも見逃すなんて、甘いこと
考えるべきじゃなかったんだよ
もうお終いだ。愛も何もなかった関係はね!!」
見抜かれていた。
数時間前までどうでもよかった事なのに
すごく焦ってる自分が居て、
同時に見えていた別れが切なかった
初めてなの。
素直にイヤなんだって、言い訳したの
「…いやっ……まっ…てよ…っ!」
遠ざかる彼の背を、
ただ涙で滲む視界で見つめていた。