第1章 家族の絆ー前編ー
「桜!最終選別に向けて今から打ち合いをしよう!」
山の中を走りこみ、その後腕立てと素振りを各500回し終えた今、杏寿郎は活き活きとした表情で言ってきた。この程度ではまだ体力に余裕がある杏寿郎に対して、桜の身体は悲鳴をあげている。
背丈は今のところそこまで変わらないが、身体の作りが男女ではやはり差が出てくる。何事にも真っ直ぐで、日頃から訓練を惜しまない彼は、良くも悪くもその辺のことに関してはまだ子供なだけに鈍いのだ。
あと二、三年もすれば分かるようになるだろうか…。チラッと杏寿郎の方を見れば、袖で額の汗を拭い、「さあ、行くぞ!」と稽古場まで走ろうとしていた。
「(……うん、無理ね)」
例え二、三年時が過ぎようとも、誰かが教えてあげない限りきっと自分から気づくことは無さそうだ。
クスッと笑い、杏寿郎の服を掴んでその場に留める。吃驚した彼は大きな目を見開き、そして振り返った。
「どうした?!」
「打ち合いもいいけれど、まずは休憩」
「む?俺は大丈夫だ!」
「……杏寿郎は大丈夫でも私は疲れたの」
「そうなのか!…だが、この程度で疲れていては最終選別には生き残れないぞ!!」
……体力おばけめ。
けれど彼の言葉には、お互い無事に帰って来れるようにとの意味が込められているのだ。
「あのね、杏寿郎」
「うむ!なんだ!!」
「貴方は男で、私は女なの」
「それくらい知っているが…俺は桜の事を男としては見てないぞ!」
「…男として見られるのも困るけど、そうじゃなくてね」
桜が言いたいことはやはり杏寿郎には分からないようで、首を傾げて此方を凝視している。双子と言えど、目を見開いたその顔はちょっと怖い。間近で見ようものならその日は悪夢に魘されそうだ。
「…男と女じゃ体力に差が出てくるの。だから少し休憩してから打ち合いしましょう。ね?」
「むう、承知した!」
確か昨日買ったさつま芋のお饅頭があった筈だ。千寿郎も呼んで三人で縁側に座って食べよう、と台所へ向かった。
「桜!」
「ん?」
「気付いてやれなくてすまない!」
「…!うん」
先ほども言ったが良くも悪くも彼は真っ直ぐなのだ。自分に非があればきちんと謝ってくる。これで少しは男女の身体の差を理解してくれるだろう。…多分だけど。