第13章 変わりゆく日常と濃くなる影
「そう…。きっと、昔のことを思い出したくないのよ。そしたら立ち直れなくなるから。」
「そんなに…辛いのか?」
シスイの問いにユキは苦笑する。
「…そうね。…人の妬み嫉み、悪意、理不尽、誤解、不運…。どの人生もそれらに覆われて、失望して、絶望する…。そんな記憶ばかりだわ。
遥に昔、そういう運命だけを辿る祝福…いえ、こんなのはもう呪いね。そういう呪いを受けてるの。」
シスイは息を呑む。
「人は辛い事があった分、嬉しい事が同じだけあるもの。…そう言ってくれた人もいたけれど、そんな幸せな時はとても短くてほんの僅かだった。そして、そんな記憶があるばっかりに辛い記憶がより鮮明になるの。皮肉よね。」
ユキは力無く笑う。
「だから、エニシが幻術をかけられないのは、私のせいだと思うわ。私の持つ記憶を引き出したくなくて避けるのね。結果、チャクラが空回りするの。」
「そういう事か…。」
シスイはほっと胸を撫で下ろす。
実を言えば、ずっと心配していたのだ。
瞳術といえばうちはの代名詞。
そして最も恐れられるのが、印を必要としない幻術である。
写輪眼を見たら逃げろと言われるのはそのせいだ。
ひと度術に嵌ってしまえば逃れるのは至難の業。
その間、無防備になった体は煮られようとも焼かれようとも、どうにも出来ない。
その先に待つのは死のみ…。
しかし、それが出来ないとなれば牙を抜かれた虎も同じだ。
「ありがとう、心配してくれて。いつかはきっと、エニシも幻術を使える日が来るわ。」
だが、ふとユキは大丈夫なのだろうか、と思ってしまう。
ユキも元を辿ればエニシから派生しているのだ。
ならば、認識できていないだけでエニシが辛い記憶を持っている事に変わりはない。
「その…、ユキはそれでいいのか?」
大丈夫か、とは聞けなかった。
そうでないからユキが生まれたのだから。
その配慮に気づき、ユキは困った様に笑う。
「いいのよ。それでエニシが前を向いていられるなら。」
「…そうか。」
不意に言葉が切れて、二人は揃って空を見上げた。
今宵は見事な満月が浮かんでいる。
静かな光が降り注ぐ中、時々響く鈴虫の声にそっと耳を澄ましていた。