第1章 1 初音ミクの回想
「そうですか、ところでマスター、血だらけですけど。
機材に血がかかってしまうと壊れてしまうかもしれませんし、ちゃんと止血した方がいいのでは?」
初音ミクの指摘はもっともだった。
もちろん、そんなことは彼もわかっていたようで、とりあえず着ていた服を頭に当てていた。
「あっ、うん、そうだね!
ちょっと、ごめんね!
行ってくる!!」
「はい、いってらっしゃいませ、マスター。」
ドタバタ、ガチャ、ジャーッ。
血を洗い流す音が、初音ミクに届いた。
(…マスター…かなり危なっかしい人だな…)
そんなことより、と初音ミクは部屋を見渡した。
部屋はそんなに広くない、というより機材で埋もれて移動可能範囲が少ない。
(…スキャンを開始します。成功しました)
部屋全体を観察した初音ミクは、ふむ、と呟いた。
何やら彼は、いわゆる僕っ娘、というものが好きらしい。
機材に貼ってあるステッカーや、椅子にかかっているジャージは、全て僕っ娘のグッズのものだった。
偶然とも取れるが、初音ミクは彼の部屋にあったフィギュアもほとんど全て僕っ娘だったような気がしていた。
(…マスターとの良好な関係にはマスターの好みを抑える必要があると教えられた…なら…。
プログラムを一部修正(アップデート)します。成功しました。)
初音ミクは、膨大な量のプログラムのうち、一人称を私から僕へ書き換えた。
その瞬間、ガチャ、とドアが開いて、彼が帰ってきた。
「ただいま…ミクさ…。」
彼はミクさん、のさまで言った後に、初音ミクの顔が少しだけ動いたのに気づいて、しまった、とでもいうような顔をして言い直した。
「ただいま、ミク。」
「はい、おかえりなさいませ、マスター。
僕はマスターの帰りをお待ちしておりました!」
初音ミクが嬉しそうにそういうと、彼は目を見開いて固まった。
そのまま、彼はまるで空気を求める金魚のように、口をぱくぱくと動かした。
(…硬直している…?いや、驚いている?)
「マスター?どうかなされましたか?」
よくわからない、という風に初音ミクは彼に問う。
彼はハッとして、少しだけ落ち着きを取り戻したようだった。
「だ、だだだだだってミクさ…っミクが!!
ぼ、ぼくって!
き、聞き間違いとかじゃなくて!!
明らかに!僕って!!言ったよね?!」