第9章 if…快適過ぎて逆に困る(1)
「お嬢さん、ヒールを落としましたよ♡」
「……っ」
「ははっ♡そんなに緊張すんなよ、取って食う訳じゃねぇんだしさ…」
撫で付けられた紫色とメッシュの入った髪、優しく目を細めた菫色の瞳がネオン街に良く映えた。大きな体を屈ませて座り込んでいる私の脚を持ち上げると、悲しげに目を伏せる。
「怪我、してるな…」
「……」
「痛い?」
「……痛くは、ないです」
「嘘ばっかり…」
「いたっ…」
道路を無我夢中で走っていたからか、タイツは破けてしまい足裏に血が滲んでしまっていた。目の前にいるお兄さんはきっとカタギではないから大丈夫だと痩せ我慢して見たが、嘘だと直ぐにバレてしまいヒリヒリとした鈍い痛みが私を襲う。顔を歪める私に対してお兄さんは高いだろうポケットチーフを胸元から取り出し、躊躇なく私の足へと優しく巻いて結んでくれた。驚いて見開く私を見て、首を軽く傾げたお兄さんは心配そうに口を開いた。
「今はこれで我慢しろ〜」
「あ、あの…ありがとう、ございます…」
「!…いぃ〜え♡、それで…お前、名前は?」
「名前、ですか…?水無月、栞…栞、です」
「栞…栞ね♡俺は灰谷蘭。蘭ちゃんって呼んでな〜?それでさ、何でここにいるの。そもそもお前って女の子だよな…?」
「なんで…と、言われましても…」
私も分からない、分からないから困るのだ。先程の追い掛けられた事を思い出してブルリと体を震わせる。電車に轢かれて、ここに来たなんて馬鹿見たいな話し…信じて貰えるのか分からない。泣いてすむ話しじゃないのに、足の痛みからなのか精神的に参ってしまったからかは分からないけれど、じわじわと瞳が潤んでしまってハラハラと涙が溢れた。