第2章 Gears turn(前日)
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西流魂街 三地区北端 鯉伏山。
木立をかき分けた先に少し開けたスペースがある。その中の手頃な岩に腰かけて、成澤 紫苑は晴わたる空を見上げた。
白い着物に赤いラインと袴…霊術院の制服を着て、髪をそよ吹く風のそのままになびかせている。
長い睫毛からのぞく瞳からは、感情を読み取ることは出来ない。ただ、そこにあるがまま、なされるがままにその場に佇んでいる。
死神になると決めたあの日…
何もわからず瀞霊廷までやってきて、浮竹と出会ったあの日から一年半。
空から足元に目を落とし、静かに長く息を吐きながら、紫苑はその道のりを思い返す。
すると、木立の間から微かな足音が聞こえ、紫苑はピクリと反応して、そちらを見やった。
「すまない、待たせたな紫苑」
「ルキアさん! お久しぶりです」
現れたのは十三番隊の隊士、朽木ルキアだった。
その姿を見て、初めて紫苑は僅かに顔を綻ばせる。そんな紫苑に、つられてルキアも思わず微笑んだ。
「霊術院には行ってきたのか?」
「はい、今日は卒業の手続きだけだったので」
「ついこの間入学したばかりなのにな」
揶揄いまじりにそう言うと、紫苑は照れながらも「ルキアさんのおかげです」とはにかんだ。
(…随分と表情が豊かになったものだ、紫苑)
ルキアはそっと、出会った頃のことを思い返す。
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浮竹から突然「鯉伏山に来てほしい」と呼び出されたのは、ちょうど一年ほど前のことだった。
どうやら霊術院に入学前のとある少女に、鬼道の基礎を教えてほしいと言う。
浮竹の不可解な申し出に「自分では役不足です」と躊躇ってはみたものの、「いや、朽木こそ適任だ」と押し切られてしまった。
躊躇った理由は、もう一つある。
鯉伏山は、かつて敬愛する上司に修行をつけてもらった場所だ。
美しいはずのその思い出は、今や自分にとって呪いとなってしまった。
元十三番隊副隊長 志波海燕。
自分が大罪を犯したあの雨の日から、彼と彼にまつわる物全てを、無意識に遠ざけて生活してきた。
重い足取りで、しかし「こんな自分でも必要としてくれるのならば」と言い聞かせて鯉伏山に現れたルキアを、浮竹は微笑んで迎えた。
その傍らに、静かに佇む例の少女を携えて。