第4章 Who is that girl?(事情)
******
——成澤 紫苑は、現世の記憶を持っていた。
とはいえ、およそ1年半前、尸魂界にやってきた時点では、何もわからなかった。
八十地区に生み落とされ、辺りに充満する血の匂いと砂埃の中、しばらくボーッと立ち尽くす。
『………』
ここは何処なのか、自分が何なのか。
何もわからない。
ただ、一つだけ。
遥か遠くで、自分を呼ぶ気配を感じる。
あまりにも強く、自分を惹きつける、そんな気配。
その気配に辿り着かなければならないということだけが、本能的にわかっていた。
自分の全ては、そこにあるのだと。
いてもたってもいられず、ただその気配に向かって走り出した。
途中血生臭い喧騒をかき分け、ならず者に掴まれた腕を死に物狂いで振り切り。
切れる息も、汚れる身体も、傷つく手足も、空腹も構わずに。
そうして、瀞霊廷にたどり着いた。
そこがどんな場所かもわからず、足を踏み入れる。
ここに、ここにあの気配の正体がある。
その確信だけを持って。
浮竹は、部下に呼び出され向かった先で
虚な様子で立ちすくむ紫苑を見つけた時、思った。
(——…なんという運命か。)
彼女が、この世界に辿り着き
他の誰でもなく、自分の前に現れたということ。
何故なら今、彼女のことを理解し得るのは自分しかいないのだから。
そう。
浮竹十四郎は、紫苑を知っていた。
——正確には彼女の”魂”を。
部下たちの動揺を制して紫苑を保護した浮竹は、紫苑を雨乾堂の一部屋に住まわせた。
そして少しづつ、紫苑にこの世界のことを教え始める。
流魂街のこと、瀞霊廷のこと。
紫苑の霊力について。
死神とは、何なのか。
約半年間。
喋ること、感情を表に出すのことがあまりなかった紫苑だったが、浮竹や時々様子を見にくる清音と関わるにつれ、次第に心を開いていった。
—そろそろ本格的に他人と関わらせ、死神になる為の準備をさせよう。
浮竹がそう考え拵えたのが、ルキアとの稽古の時間だ。