第4章 Who is that girl?(事情)
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ルキアとの稽古にも慣れて、順調に進んでいたある日。
「おかえり、紫苑。遅かったね、何処か寄ってきたのか?」
玄関から物音が聞こえ、紫苑が稽古から帰ってきた事がわかる。
しかし、いつもの返事がない。
「…?」
様子を見にいくと、紫苑が玄関で崩れ落ちるようにうずくまっていた。
「紫苑!どうした?」
駆け寄って起こそうとすると、その肩が震えている。
浮竹はハッとした。
泣いている。
浮竹が紫苑の涙を見たのは、初めてだった。
「…紫苑…」
『——十四郎さん、わたし…』
紫苑は止めどなく溢れる涙をそのままに、震える声で呟く。
『…ルキアさんと、街に行って…
そこで…見かけ、ました…——彼を。』
「———-……!」
『…十四郎さん…知っていたんですね?前の…私のこと。
思い出しました、全部…。』
現世での、記憶を。
紫苑は頬に涙を伝わせながら、真っ直ぐに浮竹を見据える。
浮竹は、答えた。
「……そうだ。俺は遠い昔、生前の君と現世で会っている。
——そして、彼とも。」
紫苑は切なげに眉根を寄せ、しばし沈黙する。
そして、街で見かけた銀髪の姿を思い描きながら、絞り出すような声で続けた。
『……あの人は…?』
「…”今の”彼は、死神だ。
俺と同じ護廷十三隊の隊長で——
日番谷 冬獅郎という。」
『——日番谷…冬獅郎……。』
紫苑はその名を、ゆっくりと繰り返した。
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『十四郎さんの仰ったとおり、記憶があるのは私だけでした。…日番谷隊長も、特に変わらないご様子でしたし。』
「霊力を持って生まれたものが現世の自分を覚えていることは、ほぼ前例がないからね。」
紫苑は再び、コクリと頷く。
「——それで?」
『え…?』
「どうするんだ?」
『!……』
浮竹の問いに対して、少し逡巡する。
一口お茶をすすり、やがて口を開いた。
『——どうもしません。
彼は、”あの人”であって、”あの人”じゃない。
この世界に生まれ、この世界の人たちと関わって、自分の道を歩んできた「十番隊隊長 日番谷冬獅郎」です』
自分の思いを整理するかのように、紫苑は続ける。