第6章 パーティーを抜けて出久くんと深夜のスローダンスをする話
「友達として見るのが難しいくらい……君が、綺麗でっ…」
流れる音楽とざわめきの中、そんなか細い声が彼女の耳にだけ聞き取れていた。その言葉がやっと脳裏に辿り着いた時、今までにないくらい、そして緑谷以上に…心臓がバクバクと波打ち始めた。
『……!』
息を止めて鎮めようと試みても、ただ余計に苦しくなる。今以上に揺さぶられてしまったら、感情的に抑えが利かなくなるのはきっと自分の方だ…。
良い「友人」を装うことが難しくなるくらい、こんなにときめかされて、何もかも投げ出したくなる……。改めて目を閉じ、深く息をした。
『ねぇ、これ…私の妄言だと思って、聞いてくれないかな?』
動揺を直隠しに秘多が詰め寄り、緑谷の頬に手を添える。触れられた感覚に、彼の肩がピクリと跳ねるが、目元を覆っていた腕をそっと除けてくれた。
『どうしてかな……いつか君は多くに愛される、そんな気がするよ』
彼女の眼はじっと少年の視線を捕らえる。彼は思わず顔を背けようとしたが、視線が絡みついて解けなかった。
『救けることで、慕われ、称えられ、崇められて……そうしている内に、もう私だけのヒーローじゃなくなる』
「……」
まるで自分語りのように話し出す彼女に、緑色の瞳が微かに揺らぐ。
『もし君がオールマイト級に人気者になったら、それは私としても大変嬉しいことだよ。凄い人に巡り合えたんだなって思える……』
今でも君は十分凄いんだけどね…と、一度笑って見せるも、そばかすをなぞる親指が少し冷たい。緑谷は言葉一つ一つに耳を傾け、ただ静かに前を見据える。
『超絶カッコイイヒーローにファンは付き物だから…たくさん想われて、当たり前。だからね……』
「僕は……、僕はヒーローになってもっーー」
今、このひとときだけは、誰にも譲れない……。そう潔く遮るように、胸板に秘多の身体が押し付けられる。
思わず驚倒する緑谷が少し後退り、反射的にその身体に腕を回した。多くの男女が寄せ合って身を揺らしている中、自分たちだけが留まる。
『ここにいる、まだ誰も知らないヒーローデクを、出久くんを……。私は、今の内に独り占めしていたい』
夜なんて明けなければいいと密に願いながら、間近にある匂いとぬくもりに顔を埋める。