第6章 パーティーを抜けて出久くんと深夜のスローダンスをする話
「うっ……」
『もう、落ち着いて…大丈夫だから』
そんな捨てられた子犬のように項垂れている緑谷に、彼女はほっと息を付いてから手を前に出した。
『私が教えるね…ほら、手を取って』
差し出された右手を取り、秘多がそれをぐっと握る。
『息をして、私を抱き寄せたら…一歩前に出る』
言われた通りに、緑谷は大きく深呼吸をしてから再度腰に手を回した。秘多が先に一歩後ろに下がり、合わせるようにして彼の足が前に出る。
どうしても足元が気になって、視線を下してしまうが、彼女の指が顎下に添えられたと思ったら、くいっと上にあげられた。
『私から目を離さないで』
瞳孔同士が合い、一気に体中が熱くなっていく。一時は思考が停止してしまった緑谷だが、不器用なリズムでステップを何度か踏んでいく内に、なんとか音楽に身を任せられる所までは来れた。
とはいえ、優しい笑みでじっと顔を見詰められて、心拍数は上がるばかりだった。手汗酷くなっていないか少し心配になる…。
『ふふ、案外踊れてるよ?』
「な、なんか、周りから凄い視線を感じるんですけど…?」
『あれだけ目立ったヘマをしたらね。悪い目で観ていないと思うよ…多分』
軽快な曲調が流れる中、樹木の下で二人が踊り、そんなロマンの欠けた他愛ない話をしていた。
『これ噂なんだけど……ここにいるカップル達、パーティー後ヤル気かも』
「ヤっ!?」
急に顔を耳元まで近付けて来たと思ったら、そんなことを耳打ちされ、緑谷はあわあわと困惑した。
『さて、どうでしょう…西洋のプロムではあるあるみたいな?』
純粋な少年にまた変な知識が芽生える前にはぐらかすと、ムードを取り戻すように彼女はパートナーを連れて、軽やかに樹木の周りを踊った。