第12章 疲れ勃ちした出久くんとヤリたい放題のバカンスに沼る話
個人の境界線は尊重したいし、他に思いつくことがあるとすれば、忌憚のない意見に異を唱えることぐらいだ。
「あの、僕は……そんな場合じゃ……」
『無理にとは言わないよ。でも、せめてここにいる間は何か食べた方がいい』
食事の準備を制そうとおどおどしだす緑谷の姿に思わず鼻で笑ってしまう。今の心境からすれば何も口にしたくないだろうけど、ある程度の補給は必要だ。満身創痍の状態で、日夜都市内を飛び回っていたのでは身が持たないだろう。どうしても活動を再開したいのであれば、尚のこと、英気を養わなければならない。
『良かったら一緒にどう?』
次第次第に、焼けた生地の香ばしい匂いが広がるに連れて、温かい雰囲気を辺りに作りあげていく。束の間の休息に付き合ってほしいと、皿に盛ったホールピザを持って誘ってくる秘多に、緑谷は困惑を隠せない様子で視線を彷徨わせた。
「……少しだけ、なら」
大事な友人ってことは勿論、何度も突き放したこともあり、いよいよ断りづらくなった彼は覚束ないながらも承諾する。
『本当?』
「でも終わったらすぐ帰るからねっ」
『うん』
そう返してくれただけでも胸に喜びと安堵が通い、秘多はつい急ぎ足でリビングへ戻っていった。
…——
二人の間には会話という程のものは交わされなかった。穏やかな黄昏の中、ただ黙々と軽食を口に運び、各々の考えに浸る。空になった食器を両手に持ち、秘多がじっと緑谷の方を見遣った。
ずっと救助活動に明け暮れていたのだろうか。久しぶりに見た彼の顔はお世辞でもカッコいいとは言えなかった。肌の所々に出来た見るも無惨な痣や瘡蓋。いつもなら触れれば心地良さそうなフサフサ髪は半乾きでボサついており、動きのない瞳も疲労困憊の色を漂わせている。
星の数ほどいるヒーローの中で、何故彼ばかり責めを負わなければならないのか。その苦悩をどうして誰も気付かないんだと世を問い詰めたくもなったが、口から転がり出そうになった言葉を辛うじて飲み込んだ。
『……もういいの?』
秘多の視線に気付いた緑谷が慌てて残りの分を頬張る。心配に思う反面、その光景に少しだけ懐かしいデジャブを感じた。