第11章 シーツのストックなくなるまで出久くんに泣かされる話
「……」
思い悩んだ末、この懐かしさすら感じる景色の中で緑谷は踏ん切りをつけたように拳を握り締める。
どんな難関が待ち受けているにせよ、進まねばならない。色んな批判を浴びせられるのも全部分かって、自分の意思でここに来てるんだ。救わなきゃ、取り戻さなきゃ。たとえ、肌に滲み渡るほどの苦悩や孤独が伴おうと、それを癒す術を持たなくても……。
ピトッ…ーー
『また、一緒に逃げてあげようか?』
しかし、思念は何の前触れもなく乱されては解れていった。忘れかけてた、誰かにしか貰えない温かさによって。最も簡単に。指先を掠められる感覚に驚いて、視線を上げると秘多がそう囁いてくれた。
期待も理想も抱かない、なのに優しくて、それでいて鋭い光を湛えた瞳。そんな彼女の瞳が今、自分だけを見据えている。
『君は知らないと思うけどさ、私ね…』
「…?」
『……いつも楽しみにしてる。またこうして会って話せるのを』
呼吸を忘れて、瞬く。都会の涙ぐましく鮮やかな蒼天よりも、白んだ黄昏色がよく似合う人だと思った。巻き込みたくなくて自分から遠ざけたのに、奇妙にも身体は隣の方にもたれかかっていく。秘多は他校の友達で、ヒーロー科に属しない。当然全ての事情を知らない。だからなのか、この胸底だけは打ち明けられそうな気がした。
本当は辛くて、苦しくて。どこもかしこも激しく痛む背を静かに摩ってくれるこの娘になら、少しだけ気を許してもいいんじゃないか。こんな姿になった自分にも、分け隔てなく接してくれる彼女に、また甘えていいんじゃないかと、その理由を探す暇もなく不思議なほどすんなりと思ってしまったのだ。
久々に聞いた自身の笑い声に少し驚きながらも、濡れているかもしれない目合を裏地に擦り付ける。己の未熟さを歯痒く思う反面、今はこの微睡みの中にいるような安心感に包まれていたいと、彼は揺れ動く無数の草木と共に揺蕩うのだった。