第10章 安らぎを求めて出久くんとスローライフな性活を送る話
「どうして……何で、密ちゃんがっ…」
『えっ……』
絞り出された肉声に一瞬絶句した。聞き間違える筈もないし、忘れることもない。取り乱した口調に、どこかあどけなさを残しているこの声色を自分は良く知っている…。
『出久くん?出久くん、なの…?』
みぞおちの所が早鐘みたく鼓動し始める。信じがたいと一瞬思ったが、やがてその疑念は彼が発声したことによって確信に変わっていく。姿形は違えど、彼とは繋がりの絆で結ばれた友だって確信が。
「どうしてここにいるんだよ!?」
『あっ…どうしてって……』
若干荒ぶった声量で問われ、秘多が驚愕で硬直する。改めてそう聞かれると、思うように二の句を紡げなかった。風によって運ばれてきた水滴を自分の傘で防ぎ、再度緑谷と向き合う。
『えっと…この辺りに行きつけの花屋があってね。そこの店主さんいい人でさ、生け方とか色々教えてくれるの。でもこの前、被害にあって亡くなってしまったらしくて…』
自分でも馬鹿げたことだと思っている。きっかり避難指示は出されていたし、決して無視していた訳でもなかった。自身の安全を優先するべき筈が、何故か、気付いたらお参り目的でこの街まで脚を運んでいたのだ。
『その、お供えに花とか…。ここまで来て見たんだけど、なんか…思った以上に凄いことになってるみたいだね』
「……」
『出久くんは?今ヒーロー活動中?』
まるで茶の間でする会話のように振る舞う秘多の問いに緑谷は答えなかった。コスのデザイン変えた?ダークヒーロー系が流行りなの?などと続けて聞いてみるが、彼は黙り込むばかりだ。灰色の背景に似つかわしく空気が重い。やっぱり怒っているのだろうか、ここに来てしまったことに…。
『あの……』
先に謝ろうとゆっくり口を開かせる。ところが何かに気付いた瞬間、秘多は憂わしげな表情を浮かべながら歩み寄り、佇む彼のマスク裏に隠れている顔を覗き見ようと自身の手をそのまま頬に持っていく。
『出久くん、眼が……大丈夫?』
眸の底には、寸間も休まらないというような焦りや不安を潜ませており、確かな黒い影が漂っていた。疲れているようで、苦しんでいるようにも見えるソレを眼にするや否や、すぐさま緑谷に手を払われてしまう。