第10章 安らぎを求めて出久くんとスローライフな性活を送る話
ヒュオオオオーー
『あっ…!』
切り裂くような強風が前触れもなく吹き、しっかり持っていた筈の傘が手元から離れていってしまう。アレは大事な貰い物で、今持ってる私物の中でも一番失くしてはならないものだ。早い勢いで川沿いの方へ飛んでいく傘をなんとか捕まえようと、秘多が慌てて駆け出す。
『嘘っ、あぁ……』
猛スピードで走ってもやはり風速には及ばず、川沿いのフェンスの外を超えていってしまう傘に虚しく手を伸ばす。空を舞っている様子を目視し、取り戻せる術なしか…としょんぼり項垂れた直後、びゅっと人影が自分の横を通り過ぎた。
『っ…!?』
思わずびっくりして眼でソレを追うと、秒速でフェンスに向かって駆ける人物がいた。あまりにも速すぎて肉眼ではその容姿すら捉えられないが、一瞬だけ黒く長い鞭のような物体が出現したようにも見える。個性か何かだったんだろうか。そう考えている内に、遠くまで飛んでいったであろう自分の傘は既にその人物の手元にあった。
『すみません、あの…取っていただいてありがとうございます』
警戒しつつも、遅れて着いてきた秘多が背後から呼びかけた。善人だろうか、それともそうでない人だろうか。ヒーローにしては見窄らしい。まるで屍を越えた戦士のように、色褪せた緑の服装はボロボロに破けており、泥や血と思しきシミが所々付着していた。頭も大きな被り物で覆われている為、その素顔を伺うことが出来なくて少し怖い。でもなんだろう…、身に覚えのある背丈に懐かしさを感じる。
「いえ、これくらいは…」
色柄を静かに見詰めるその人物はポツリとそう返した。幾度の修羅場をくぐり抜けてきたのか、とくと見ると怪我を負っているようにも見える。争いが絶えないこのご時世にも関わらず、わざわざ傘一本の為に…、なんて無視無欲なんだろう。
「ここは被害が大きい、危険ですのでなるべく早く避難するようーーっ!?」
自分を眼にした途端に、ボロ布を纏った彼は傘を落としながら後ずさった。マスク越しでも伝わるその動揺っぷりにこっちまで困惑してしまう。この人は知っている…?少し心配になった秘多が再度呼び掛けようと近付くが、又してもその人物は反射的に一歩下がる。