第8章 誕生日にアメコミ小ネタかました出久くんとサンデー作りする話
くどい言い回しをする彼に少し意地悪しようと顔と顔の距離を縮める。不敵な瞳でじっと見据える自分とは対照的に、脳内がパニックに陥っているであろうモジャモジャの蜘蛛男もどきの瞳孔はうろうろと動いていた。
「ソ、ソウナリマスネッ……」
『ふふ…なら、ありがたく頂戴するよ』
遠慮なくどうぞと言うように身構えている緑谷のそばかすを指でなぞり、緊張を煽る。コミックにもテレビにも存在しない、このガチガチになっているヒーローが幼い頃の願いを叶えてくれるなんて考えもしなかった。暮れていく冬の光を浴びながら、秘多は目の前の愛らしい童顔に向かって身を乗り出す。
しかし、どうしていつもこう思い通りにならないのだろう…。唇同士が触れ合うあと数ミリの所で事態が起きてしまった。
シュルッ……
「えっ?!!」
『!?』
緊張で集中力が切れてしまったせいか、拳から放っていた鞭が消えてしまい、挙げ句の果てに彼の全身は大きな音を立てて地面に落下した。
「った……ご、ごめん、大丈夫っ?」
秘多も巻き添えを食らってしまったが、倒れた衝撃を痛がるよりも緑谷が頭を打たなくて良かったと大きな安堵の息を吐いていた。今のは危なかったっ…。落ちる寸前の所で彼の頭部に腕を回していなかったら、ガチの病院送りになっていたかもしれない。
尻餅を付いたまま、自身の太腿の上に乗っている顔を見下ろすと、緑谷は現実味を失くしたかのように目を白黒させていた。
『ぷっ……はは』
「ほ、本当にごめんねっ!怪我してない??すぐ退けるからーーんっ」
一瞬の隙を狙って、泡を食う友人の唇に自分のを重ね合わせる。子犬のじゃれ合いみたく少しかさついた粘膜を軽く食むと瞬時に身を離した。名シーンの完全再現とまでいかなくとも、十分ドラマチックなものになっただろう。
『今まで貰った中で一番素敵だよ…ありがとう』
「っ!!」
不意を突かれてすっかり面食らった緑谷の顔に微笑み掛ける。これではどっちがサプライズになったのか分からないな…。互いの身体を引っ張り上げ、土埃を軽く払っている間に眼を横に遣ると、モジモジとした様子の彼がまた何か口籠っていた。
プレゼント作戦が上手くいかなかったことをまだ気にしてるのだろうか?見えないはずのブツブツの吹き出しが薄らと現れて頭上に漂っている。