第8章 誕生日にアメコミ小ネタかました出久くんとサンデー作りする話
「よ、よし…!開けたら振り向いてみてっ」
ようやく準備が終わり、声のする背後にゆっくり振り向いた。夕暮れの色が広がるに連れて若干ぼやけた視界が徐々に賢明になっていく。
『えっ……』
人気の無い木々の疎らな路にただ立ち尽くす。誰か予想出来ただろうか。逆さまに宙吊りになっている少年がすぐ眼の前にいて、自分に微笑み掛けていることを。
「サっ、サプライズ!」
黒い綱らしき物体が拳から街灯にかけてピンと張り、身体を浮かしている緑谷。さっきのバシュって聞こえた音は、確か話で聞いた「黒鞭」とかという新しい個性からだったんだろう。少々不安定にも見えるが、逆さまの彼はなんとか体勢を崩さないようにしっかりと両手脚で鞭を握りしめていた。
このアクロバティックな感じ、知らないはずない……、きっとそうだ。それが何を意味するのか理解した瞬間、秘多は瞳を揺るがせることしか出来なかった。
『これって……映画の?』
「そう!初代蜘蛛男の名シーンと言ったらこれだよねっ。僕なりに再現してみたんだけど…」
ヒーロー映画史に残るあの名キスシーンが好きだった。今となっては小恥ずかしい記憶だが、幼き自分もいつかヒーローとそういったユーモアとロマンス溢れたシチュエーションに遭ってみたいと思ったことは少なからずあった。それをまさか、今ここで再現しようという彼の心理に言葉を詰まらせてしまう。
「えっと……」
呆気に取られ何も喋らない秘多を見て、サプライズを仕掛けた本人の顔はみるみる動揺の色に変色し、とめどない量の冷や汗が噴き出た。
「ご、ごごめっ…!密ちゃんの好きなものを穢すつもりはなくてっ、その…僕でやったら喜んで貰えるかなって思ったんだけど、やっぱりくだらないよね、こんなーーって??」
『ううん、嬉しい……』
全く、このヒーローは……。早口で慌てふためく緑谷を落ち着かせようと、秘多の両手が彼の頬を包み込む。血が上って頭を痛めてないかと心配に思いながら小さく笑みを溢すと、彼の強張った表情が微かに綻んだ。
『出久くんが蜘蛛男で、私はそのヒロインってこと?』
「う、うん??今日一日、僕は君だけのヒーロー……みたいな?」
『じゃあ…今ここで君を口付けたら、私はそれを受け取ったことになるのかな?』