第1章 ※笑顔の裏側
杏(清宮の心はあの男の元にある。これ程までに、祝福されてしまう程に、俺は男としての興味を持たれていないのか。)
そう思い、笑顔を返しながら拳を握る杏寿郎の隣で清宮は相変わらず微笑みながら痛む胸が少しでも鎮まるようにと震える息をゆっくりと整えている。
噂で知り、打ちのめされていた話をまさか本人から大好きな眩い笑顔で伝えられるとは思っていなかったからだ。
それでも清宮は愛の無い結婚を求められてから事ある毎にずっと心を痛めてきた。
そして今回も『ああ、まただ』と辛く痛む心を自身で撫で、見ないように見ないようにと不自然なほど長く笑みを浮かべる。
杏「…………それ程までに嬉しいか。」
「……え?」
微笑んで細めていた目をぱちりと開くと杏寿郎は感情を一切見せない真顔を向けていた。
そして感情を隠しているにも関わらず、杏寿郎の全身からは怒気が漏れているように思えた。
それを感じ取ると清宮は思わず後ろに手をついて、ずりっと杏寿郎から距離を取る。
すると杏寿郎はぐっと眉を顰めて清宮の体を下がらせた手首を捕まえた。
杏「何故距離を取る。今君と話をしているのは俺だ。他の事を考えるのは止めてくれ。」
「他の事って…、」
「つい今しがたの話だ。本当に俺の事を想って笑っていたか。他の事を、都合の良い事を思い出して笑っていたのではないのか。」
「…仰っていることが分かりません。」
ただただ辛く感じていただけの清宮は 杏寿郎の言う "都合の良い事" に心当たりが無く、当然戸惑った表情を見せた。
すると杏寿郎はピリついた空気を緩ませ、手首も解放した。
杏「無意識だったのか。……すまない。頭を冷やしてこよう。先に寝ていてくれ。」
今夜も夫婦の営みをしないという宣言に清宮は瞳の光を失いながら返事をした。
(とうとう面と向かって伝えられてしまった…。私から離れなくても……もう、終わりが近いのだろう。)
そう思うと清宮は虚ろな瞳で朧月を見上げたのだった。