第1章 ※笑顔の裏側
その晩から只でさえ少なかった夜の営みは全く無くなってしまった。
杏寿郎が離縁を避ける為に子供を絶対に作るまいと決めたからだ。
そんな事を健気に試みる杏寿郎の耳には最近 聞きたくもない噂が耳に入って来ていた。
勿論 清宮についてだ。
―――あの鉄壁防御の彩には昔から慕う想い人がいたらしい。
"昔" という言葉が自身には当て嵌まらない そのまことしやかに語られる噂は、相手が明夫なのだろうと思わせるのに十分であった。
それでも前向きであることをやめなかった杏寿郎は、もう清宮に真正面からぶつかってしまおうと思ったのだった。
―――
杏「このような事を言われて戸惑わせてしまうかもしれないが、慕う女性がいる。」
「…………。」
呼び出された縁側で視線を落として杏寿郎の話を聞いていた清宮の息は一瞬止まり、次に震えながら外へ出て行った。
しかし、清宮はすぐに拳をきゅっと握ると穏やかな笑みを浮かべる。
「それは良かったですね。」
次に言葉を詰まらせたのは杏寿郎だった。
不思議そうな、あるいは興味を持った彼女に『それは君だ』と告白する気でいたからだ。
それがどうだ。
清宮はなんとも穏やかな顔で嬉しそうにしている。
妻である自身ではなく、他の女を慕っていると知って穏やかに笑っているのだ。
杏「……ああ。」
想いを告白し、堂々と明夫と勝負をしようとしていた。
だが、そんな決意も昂ぶった心も穏やかな笑顔にずたずたに引き裂かれた。