第1章 ※笑顔の裏側
しかし、そんな平和な日々は長く続かなかった。
それは杏寿郎と共に合同任務にあたる機会が多かったから耳に入った噂なのかもしれない。
杏寿郎を慕う清宮の心を抉るその噂はその夜も清宮の耳に届いた。
―――色恋に興味のなかった炎柱が恋を知った
その言葉だけ聞いた時は『何故そんな事が言えるのだ』『憶測だろう』と思った。
そして僅かに『もし本当なら相手は自分なのではないか』とも期待した。
一番多くの時間を共に過ごしているからだ。
しかし、噂に関する事を幾つか知っていく度に清宮の体調は目に見えて悪くなっていった。
一つ目は一番の衝撃であった。
杏寿郎本人から発せられた言葉だったからだ。
ある日、杏寿郎がお館様に呼ばれた日があった。
その前夜の任務は長引き、お館様の屋敷へ寄るのが任務帰りとなってしまった故に清宮もついて行って杏寿郎が出てくるのを待っていた。
そしてそこで清宮は同僚に対して杏寿郎が『俺の想い人は可愛らしい女性だ。』と言い放ったのを聞いてしまったのだ。
(私は可愛らしいだなんて人に言われない。むしろ…真逆だ。)
その言葉の前後の会話は聞こえなかったが、清宮はそれから杏寿郎に上手く接することが出来なくなってしまった。
清宮の心を抉った他の要因は後出しされた噂だ。
一度噂が回れば尾ひれがつく。
清宮は普段なら流せるそれ等にいちいち傷付き、表情も暗くなっていった。
しかし、常に一緒にいれば当然その相手が清宮なのではないかという噂も立っていた。
だが清宮は残念なことに友人が少ない。
人を寄せ付けない空気を纏い、時には男の言葉を冷たく受け流して距離を取ると有名だったからだ。
故に盗み聞きできるような大きな噂しか入ってこない。
だからこそ唯一の友人である明夫が頼りだった。