第1章 ※笑顔の裏側
杏「妬けるな。」
その緩んだ表情が千寿郎に向けられたものだと勘違いした杏寿郎は小さく独り語ちた。
一方、清宮はそんな事は露知らず 茶に視線を落としながらすぐ側に居る杏寿郎を想って憂いを帯びた瞳を見せる。
杏寿郎は初めて見たその瞳に手を伸ばしそうになったが やはり途中で思い止まった。
杏(切なそうな瞳をして何を考えているのだろうか。何にせよ正式な夫婦となる前にべたべたと体に触れて良い筈が無い。我慢だ。)
そう決心する杏寿郎の視線の先で清宮が想いを振り切るように茶を飲み切る。
(どんな条件が付いていようとも、他の女性にこの場所を譲れる筈がない。これで良かったんだ。ここが一番杏寿郎さんに近い場所なんだから。悩むことなんて何も無い。)
そしてパッと空気を切り替えると清宮は杏寿郎と共に再び鍛錬に戻った。
そんな二人は今 杏寿郎の屋敷で共に暮らす訳でもばらばらに暮らす訳でもなく、煉獄家本家で生活している。
それは正式な夫婦ではないものの 継子という立場であった為だ。
そしてこの生活を始めて早くも二月が過ぎていた。
それでも二人は『傷付きたくない』という気持ちから無自覚に作ってしまう清宮の壁のせいで打ち解けきれず、肌に触れるのも鍛錬の時くらいだ。
(あと一週間で嫁入りをして祝言も上げるだなんて…二月でさえあっという間だったのに…。)
杏「腕が下がっているぞ!!集中!!!」
「は、はい!!」
清宮はふるふるっと頭を振ると竹刀をぎゅっと握り直す。
そして凛々しい筈の鍛錬中の杏寿郎でさえ心配そうな目付きに変わる程頼りない素振りを繰り返した。