第1章 ※笑顔の裏側
槇「そこで言え。」
(……え?)
杏「はい。先日 婚約致しました。その事について妻となる女性と共に挨拶に上がった次第です。」
「……彩 清宮と申します。どうぞよろしくお願い致します。」
清宮は戸惑いながらも廊下で会話を続けてしまう杏寿郎に倣ってそう挨拶し、姿も見えぬ相手に頭を下げる。
すると部屋の中でのそりと何かが動き、布が擦れる音がした。
槇「彩…?助けてから毎年見合いを申し込んで来ていたあの彩家の娘か。」
「…っ」
赤くなった顔を俯いて隠した清宮を杏寿郎は不思議そうに見つめる。
杏「お義父様が見合い話を持って来てくださったのは今回が初めてではなかったのか。それに助けたとは…君の話に出て来た鬼狩りが父上だったとは初めて聞いたな。」
「それは…、」
槇「何だ。お前はその娘について覚えて、」
「とにかくよろしくお願い致します!!」
清宮が真っ赤になって頭を下げ、廊下にゴチンッと額をぶつけると杏寿郎は慌てて清宮の肩を掴み顔を上げさせた。
そして清宮が昔に杏寿郎と出会った事を秘密にしているのだと悟った槇寿郎もその話題を終わらせる。
一方、杏寿郎は清宮の余裕を失くした赤い顔に魅入っていた。
杏(愛らしいな。先日料亭の庭で見せた表情といい、この女性には二面性があるようだ。)
清宮はそう思って嬉しそうにする杏寿郎に気付かず、槇寿郎に『下がれ。』と冷たくあしらわれると再び頭を下げてから静かに立ち上がったのだった。