第27章 そよ風と木枯らし
未だに多くの記憶が戻らず不安な状態が今さっき行おうとしたことに繋がるのだと思うと、玄弥も胸が痛み、しゅんと項垂れる風音の肩を笑顔で優しくポンと叩いた。
「兄ちゃんたちの手当て、今日もするんだろ?俺、必要なもん貰ってくるから、先に兄ちゃんのところ行っててよ。こんなにも風音が心配してんだから、すぐにでも目を覚ますかもしれないし」
肩に置かれた玄弥の手は声音と同じく優しく暖かで、風音の不安な気持ちを和らげてくれる。
些細なことかもしれないが風音にとってそれがすごく嬉しく、沈んでいた気持ちが浮上した。
「はい!玄弥さん、ありがとうございます。ではお言葉に甘えて、実弥君たちのお部屋に向かわせてもらいますね」
ふわりと微笑み肩に添えられた手をそっと握り返して数秒後、玄弥の顔が茹で蛸のように真っ赤に一瞬で染まりあがった。そして握られた手は慌てて振りほどかれることとなる。
更に数秒後、ぽかんとした風音に背を向け、廊下を進んでいく。
「えっと……あの、玄弥さん!実弥君のお部屋で待ってますね!」
掛けた言葉に返事はなかったものの、分かったと言うように片方の手がひらひらと振られたので、風音はにこりと微笑み小さく頭を下げて、実弥たちの部屋へと足を動かした。
「風音!」
「うひゃい!」
そして三歩ほど動かしたところで玄弥に呼ばれ驚き振り返ると、玄弥はこちらを振り向かぬまま、手をぎゅっと強く握りしめて言葉を続けた。
「敬語、使わなくていいし、名前も……呼び捨てでいい。俺の方が年下……だと思うから」
何とも喜ばしい玄弥の言葉に風音は笑みを深める。
「分かりまし……分かった!ふふ、何だかすごく嬉しい!玄弥君って呼ばせてもらうね。では玄弥君、また後で」
返事はやはり返ってこなかったが、首筋から耳まで真っ赤に染まった姿を見ると、恥ずかしい気持ちを奮い立たせて言葉を掛けてくれたのだと分かる。
もちろんその事には触れず、再び歩き出した玄弥の後ろ姿を確認し、風音も目的の部屋へと足を進めた。
「玄弥君は恥ずかしがり屋さん。ちゃんと覚えとかなくちゃ」
戻らぬ記憶の中にその情報があることを知らぬ風音は、本人の中で新たな記憶として頭の中に刻み込んだ。