第26章 宵闇と朝焼け
「生きてたことは褒めてやらァ。だが、まだ鬼殺隊は解散してねェ。それに俺以外の柱全員揃ったこの場で、柱を殴ろうなんざいい度胸じゃねぇか。それも満身創痍の女殴ろうってんなら、俺が相手になってやろうかァ?牧野ォ!」
実弥が掴んだ手の主は、風音を柱稽古の初日に殴り付けた剣士、牧野だった。その牧野は顔を青くして首を左右に振り、殴る意思は全くないと懸命に実弥に伝えている。
実弥が掴んでいるのは牧野の右手、すなわち指が欠損してしまっている手なのだが、その手は実弥の怒気を含んだ笑みに怯えるように震えている。
「ち、違いますよ!そうじゃなくって……」
「不死川さん、こいつは風音に礼を言いたいって言ってましたよ。その手は……なんで風音に向けられたのか分かんないですけど」
実弥の力が強すぎる故か、それとも実弥の怒気を含んだ笑みに恐怖を覚えている故か、未だに震える牧野の隣りに現れたのは、例外なく全身に酷い傷のある勇だった。
そんな勇によると、牧野は風音に危害を加えるなんて気はさらさらないようだ。
「礼だァ?じゃあ、この手は何だァ?」
僅かに実弥の手の力が弱まったものの、何故か解放される気配が皆無なので、牧野は勇に苦笑いを向けてから風音を瞳にしっかり写し、泣きそうな笑顔となる。
「時透さんがしてたように、手を掴んで……お礼しようとしてただけなんです。あの!柊木さん……俺、生きてます。貴女が先を見せてくれていたから、鬼舞辻の攻撃を既のところで避けられて……この通り、生き延びることが出来ました。本当に、ありがとうございます」
目の前の青年二人の記憶はまだ欠如しているが、実弥と青年たちの会話で、過去に何があったのか風音は確信した。そしてそれに対して負の感情を持っていたであろう牧野が、涙を浮かべて礼を述べてくれる姿に風音の瞳も涙で覆われる。
「こんな重傷を負ったのに……お礼だなんて。でも、生きていて下さって、ありがとうございます。ほんの少しでも……お役に立てて本当に良かった」
そう言って風音は、牧野の手を実弥の手の上からそっと両手で包み込んだ。